ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第12帖 須磨 / 第20場面

御禊と大嵐・龍王の夢

あらすじ・人物・読み方

巳の日の御禊の直後、大嵐が須磨を襲う。その夜、源氏は龍王にまつわる不思議な夢を見る。

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現代語で読む

三月の朔日に当たる巳の日、

「今日は、このように事情のある人は、御禊をなさるべき日です」

と、物知り顔の人が申し上げるので、海辺も見たくてお出かけになる。たいそう簡略に、軟障だけを引き巡らして、この国に通っていた陰陽師を召して、祓いをさせなさる。船に仰々しい人形を乗せて流すのを御覧になって、我が身に寄せられて、知らない大海の原に流れ来て、一方だけが悲しいものであろうか。

と言って、お座りになっているご様子は、そのような晴れの場に出て、言いようもなく立派に見えなさる。

海の面はうらうらと凪ぎ渡って、行く方も知れないところに、過ぎたことや行く先を思い続けられて、八百万の神々も哀れと思われるだろう。犯した罪がそれと分かるものはないのだから。

とおっしゃると、急に風が吹き出して、空も掻き曇ってしまった。御祓いも終わらないうちに、立ち騒いだ。肱笠雨とかいうものが降ってきて、たいそう慌ただしいので、皆お帰りになろうとするが、笠も取り合う暇がない。そんな心づもりもないところに、万物を吹き散らし、またとない風である。波がたいそう厳めしく立って、人々の足も揃わない。海の面は、衾を張ったように光に満ちて、雷が鳴り稲妻がひらめく。落ちかかってくる心地がして、やっとのことで辿り着いて、

「こんな目に遭うこともあるものだなあ」

「風などは吹くにしても、前兆があってこそ吹くものだ。驚くほど珍しいことだ」

と戸惑っていると、なお止まず鳴り満ちて、雨の脚の当たる所は、突き通しそうに、ばらばらと落ちる。「このまま世は尽きてしまうのか」と、心細く思い惑うところに、君は、のどやかにお経をお唱えになっていらっしゃる。

暮れてしまうと、雷は少し鳴り止んで、風が、夜も吹く。

「多く立てた願の力であるに違いない」

「もう少しこのままであったら、波に引かれて入ってしまうところだった」

「高潮というものは、とりあえず人を損なうとは聞くけれど、まったく、このようなことは、まだ知らない」

と言い合っていた。

明け方、皆少し休んでいた。君も少し眠りなさったところ、そうした様子とも見えない人が来て、

「なぜ、宮からお召しがあるのに参上なさらないのか」

と言って、辿り歩くと御覧になると、目が覚めて、「そうか、海の中の龍王が、たいそうひどく気に入る者であって、見入っていたのであった」とお思いになると、たいそう気味が悪く、この住まいが堪えがたく思われるようになった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。