ATAWI 古典文学

源氏物語・桐壺 · 学びのノート

「ときめく」は、どきどきだけじゃない!桐壺の一文から古文が面白くなる

源氏物語の冒頭を四つに分け、身分と寵愛、周囲の視線を読む。知っていることばの意外な意味から、古文の「わかった」をつくろう。

 大石浩之

帝が桐壺更衣を見つめ、御簾の向こうの女房たちが視線を交わす、金地の宮廷を描いた絵巻調の創作画

Q. 古文の「ときめく」は、今の「胸がどきどきする」と同じ?

A. 桐壺の冒頭では、帝からひときわ寵愛されることを表しています。身分の高さと愛され方のずれ、その人を取り巻く視線を読むと、一語の意味が物語の人間関係につながります。

知っていることばなのに、意味が変わる面白さ

「古文は、知らない単語を覚えてからでないと読めない」。そう感じていたら、『源氏物語』の冒頭に出てくる「ときめき」に注目してみてください。現代でも使うことばです。ところが、ここを胸がどきどきする気持ちだけで読むと、登場人物の関係が少し違って見えてしまいます。よく知ることばの意味がずれるところに、古文を読む楽しさの入口があります。

今回は「桐壺」の最初の場面だけを扱います。作品全体の人間関係や歴史を先に暗記する必要はありません。読む目標は三つ。大勢の女御・更衣の中に一人の女性がいること、その人は非常に高い身分というわけではないこと、しかし帝から特別に愛されていること。この組み合わせが見えると、続く周囲の反応へ自然につながります。

ATAWI古典文学では、原文、発音の読み、独自の現代語訳を確かめながら進めます。サイトの本文は、採用した古い版本に基づく独自編集本文です。手元の教科書や別の校訂本文と、仮名遣い・送り仮名・句読点がすべて同じとは限りません。違いを見つけても、すぐに片方が誤りだと決めつけず、どの本文を使っているかを確認する姿勢を持っておきたいと思います。

長い一文を、四つのまとまりとして眺める

サイトの冒頭は「いづれの御時にか」から始まります。「どの帝の御代であったか」という、時代をはっきり名指ししない語り出しです。続く「女御更衣あまたさぶらひ給けるなかに」では、帝のもとに大勢の女御や更衣がいる場面へ視線が移ります。「あまた」は「たくさん」。最初は人数を数えようとせず、人が多くいる場所なのだと押さえれば次へ進めます。

その次が「いとやむごとなききはにはあらぬが」です。「いと」は程度の強さ、「きは」はここでは身分や家柄の程度に関わることば。大切なのは、最後が「あらぬ」という否定になっている点です。高い身分を説明しているように見えても、文全体では「たいそう高い身分というわけではない方」を指しています。途中までの単語だけで意味を決めず、終わりまで見届けます。

そして「すぐれてときめき給ふありけり」。ほかの人々と比べて、ひときわ帝の寵愛を受けている方がいた、と読みます。「あらぬが」と「すぐれて」をつなげると、身分の高さと愛され方が単純に一致していないことが見えてきます。このずれが、たくさんの人物名を覚えるより先に拾いたい、冒頭の中心です。

長い一文を日本語へ全部置き換える前に、時代への導入、大勢の人、その中の一人の立場、特別な愛情、という四つの景色に分けてください。一語ごとの分析も学習の助けになりますが、まず全体の関係がわかると、あとから細かい語を調べる理由ができます。ことばを覚える作業が、場面の疑問に答える作業へ変わるのです。

桐壺の冒頭を、いつの御代か、大勢の女御更衣、高い身分とはいえない一人、ひときわの寵愛の四段階に分けた図
この記事で作成した読解の見取り図。原文の省略部分を補った翻刻や、原典の挿絵ではありません。

「ときめく」は、だれの気持ちを表している?

現代の「ときめく」から連想しやすいのは、自分の心が弾むことや、期待で胸が高鳴ることです。しかし、この冒頭の「ときめき給ふ」をそれだけで読むと、「その女性が恋をしている」と受け取りやすくなります。ここでは、帝から特別に寵愛され、栄えている状態を表します。女性の胸の中だけを見ることばではなく、帝との関係や周囲から見える立場を読み取ることばなのです。

だからといって、「古文のときめくは、いつでも帝に愛される意味」と丸暗記するのも避けたいところです。ことばの意味は文脈で確かめます。今回は宮中の女性たちが紹介され、その中で一人が際立っている場面です。誰がいるのか、どんな違いが語られているのかを一緒に見るから、この読み方が成り立ちます。別の作品で同じ語に出会ったら、周りの文章をもう一度確認してください。

また、原文のこの短い部分には「帝に」ということばがそのまま書かれていません。サイトの独自訳では〔帝に〕のように補った箇所を示しています。読み手が理解しやすくするための補いと、原文に実際にある語句を区別できると、訳をただ受け取るだけでなく、「どうしてこの人物が補われているのだろう」と原文へ問いを返せます。

ここを読めたときの達成は、難しい古語を一つ暗記したことだけではありません。同じことばでも、現代の感覚のまま当てはめず、人物同士の関係で意味を選び直したことです。古文は、遠い昔の単語帳というより、いまの自分の予想を少しずつ調整しながら、人の気持ちや立場を読む時間にもできます。

帝から更衣への寵愛と、周囲の女性たちから更衣へのねたみを矢印で分けた関係図
冒頭の記述を整理した関係図。歴史上の人物関係を再現した図ではなく、物語のこの場面に限った説明です。

次の一文へ進むと、周囲の視線が見えてくる

続く文章では、自分こそはと誇りを持つ人々が、その女性を見下し、ねたむ様子が語られます。ここには「めざましき」という、現代語の連想が先に働きやすいことばも出てきます。今なら「目覚ましい活躍」と褒める場面が思い浮かぶかもしれません。しかし、この箇所では、周囲の人から見て気に入らない、思いがけずしゃくにさわるような相手として語られています。

判断の手がかりは、その後ろの「おとしめそねみ」という動きです。褒めているのか、快く思っていないのか。前後の動作と合わせて考えると、どの意味が合うかを絞れます。一つの語だけを切り出して現代の辞書感覚で埋めるより、周囲の文章が出す方向を確かめる方が、この場面を読み違えにくくなります。

ただし、ここから「昔の宮中では全員が同じようにねたんでいた」と、歴史全体の説明へ広げることはできません。いま読んでいるのは物語の特定の場面です。人物の感情として描かれたことと、実際の制度や歴史的事実の説明を分けておくと、作品の読みが不用意な決めつけになりません。物語の中で確かめられる範囲に絞ることも、丁寧な読み方の一部です。

今日の三つの問いを、本文で確かめよう

ここまで読んだら、サイトの最初の場面へ戻り、三つの問いを置いてみてください。一つ目は「たいそう高い身分だ、と言い切っているか」。二つ目は「ときめいている、を現代のどきどきだけで訳してよいか」。三つ目は「周りの人は、その女性をどう見ているか」。答えを先に暗記せず、それぞれの根拠になる語を本文の中で探します。

見つからなければ現代語を確認してかまいません。大切なのは、確認したあとに原文へ戻ることです。「あらぬ」が否定している。「すぐれて」がほかとの差を示している。「そねみ」が周囲の気持ちを知らせている。このように、意味を支える場所を一つ指せれば、全文をすらすら言い換えられなくても、読む力を使ったことになります。

読みの表示や音声も、自分に必要なときに助けとして使えます。サイトの発音の読みは、歴史的仮名遣いを字面どおりに読んだものとは区別されています。見た文字と聞こえる音が違うときは、間違いと即断せず、原文・読み・意味を見比べてください。音声は端末の声によって違いがあり、当時の発音そのものを再現した録音ではありません。

私は、古文を好きになる入口は「テストに出るから」だけではないと考えます。知っているつもりのことばが違う方向を向き、そこから人間関係が見える。その小さな発見を一つ持ち帰れる読み方を、このサイトで増やしたいと思っています。これは運営者としての提案で、読むだけで成績や継続が保証されるという意味ではありません。

今日は冒頭の一文で区切っても大丈夫です。次に開いたときに「このときめくは、胸が高鳴るという意味だけではなかった」と思い出せたら、もう一度根拠を探してみましょう。わからない語が残ることと、何もわからなかったことは同じではありません。続きを読みたい疑問を一つ残して、古いことばの向こうにいる人々へ近づくきっかけになります。

否定が何にかかるかを別の作品で確かめるなら、方丈記の冒頭を二つの否定から読む記事で、流れと水の違いをたどれます。

古文を読み始めるときの疑問

文法を全部覚えてから読む方がよいですか?

今回の入口では、人物と関係をつかみ、意味を支える語を探すところから始められます。文法を学ぶ価値がないという意味ではありません。否定や敬意など、読んでいて気になった箇所をあとから確かめる方法もあります。全文の分析ができないことを、物語を開けない理由にしなくて大丈夫です。

現代語訳と原文の長さが違うのはなぜですか?

原文では省かれた主語や関係を、日本語の説明では補うことがあるためです。このサイトでは補った部分を〔 〕で示す箇所があります。原文に書かれた語と、意味を伝えるための補いを区別して見てください。訳は助けになりますが、原文の全語が一対一で並ぶとは限りません。

教科書と表記が少し違っても、読んでよいですか?

採用した底本や編集方針によって表記が違う場合があります。学習や試験では授業で指定された本文も確認してください。サイトでは出典と独自編集の方針を示しています。意味が変わる違いに見える場合は、同じ箇所の前後と出典を確認し、安易にどちらかを正解と決めつけないことが大切です。

わかったところから、作品へ

全部を覚えてから進む必要はありません。気になった一節を、今の目で読んでみましょう。

出典・確認した資料

本文の日本語による解説・練習例は独自に作成。解釈や学び方の提案は、原典の事実と区別しています。