ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第16場面

亥の子の祝いと新しい年

あらすじ・人物・読み方

紫の君の思いを知った源氏は、亥の子の祝いをひそかに贈ります。年が明け、大殿では大宮との歌の応酬があり、源氏は喪の明けないまま新年を迎えます。

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現代語で読む

たいそう徒然に眺めがちであるけれど、何ということもないお出歩きも、物憂く思われるようになって、思い立つこともなさらない。姫君〔紫の君〕が、何事も望ましく整い果てて、たいそう素晴らしくばかり見えるのを、ふさわしくないほどに、また、見なしていらっしゃるので、気取ったことなどを、折々申し上げて試みなさるけれど、見も知りなさらない様子である。徒然なままに、ただこちらで碁を打ち、偏つぎなどをしながら、日を暮らしていらっしゃると、心構えが利発で愛敬があり、はかない戯れ事の中にも、美しい筋をお出しになるので、お思いを放っていた年月こそ、ただそれ相応の可愛さだけはあったけれど、堪えがたくなって、心苦しいけれど、どうであったのだろう、人のけじめを拝見し分けるべきお仲でもないのに、男君は早くお起きになって、女君は決してお起きにならない朝がある。

人々が、「どうして、このようにしていらっしゃるのだろう。ご体調が例ならずお思いなのだろうか」と拝見して嘆くところ、君はお渡りになると言って、お硯の箱を、お帳台の中に差し入れておいでになった。人の間にようやく頭をお持ち上げになると、引き結んだ文が、お枕のもとにある。何の心もなく、引き開けてご覧になると、

訳もなく隔ててしまったなあ。夜を重ねて、さすがに慣れた夜の衣を。と、書きなぐさびらっしゃるようである。「このようなお心でいらっしゃるとは、夢にも思い寄らなかったので、「どうしてこのように心苦しかったお心を、裏なく頼もしいものに思い申し上げたのだろう」と、あきれるほどにお思いになる。

昼頃、お渡りになって、「苦しそうにしていらっしゃるのは、どのようなご体調ですか。今日は、碁も打たずに、退屈でしょう」と言って、お覗きになると、ますますお召し物を引き被ってお臥せになっている。人々は退きながらお仕えするので、お寄りになって、「どうして、このように鬱々としたおもてなしですか。思いのほかに心苦しくていらっしゃるのですね。人もどうして怪しいと思うでしょう」と言って、お衾を引きやりなさると、汗に押し浸して、額髪もひどく濡れていらっしゃる。「ああ、困った。これはたいそう不吉な業ですよ」と言って、万事にお世話申し上げなさるけれど、本当に、たいそうつらいとお思いになって、露ほどのお返事もなさらない。「よしよし。決して拝見はいたしません。たいそう恥ずかしい」などとお恨みになって、お硯を開けてご覧になるけれど、物もないので、「若々しいご様子よ」と、可愛く拝見なさって、日一日、入り座って、お慰め申し上げなさるけれど、解けがたいご様子が、ますます可愛らしい。

その夜、亥の子餅を差し上げた。このようなお思いのほどなので、大袈裟な様子ではなく、こちらばかりに、面白げな桧破籠などばかりを、色々で差し上げているのをご覧になって、君は、南の方にお出になって、惟光を召して、「この餅を、このように数々に場所が狭い様子ではなく、明日の暮れに差し上げなさい。今日は忌まわしい日です」と、微笑みながらおっしゃるご様子を、察しの良い者なので、ふと思い寄った。惟光は、確かにも承らず、「確かに、愛敬の初めは、日を選んでお聞きになるべきことにこそ。ところで、子の子はいくつお仕えするべきでしょうか」と、真面目に申すと、「三つが一つでもあるだろうか」とおっしゃるのに、心得果てて、立った。「物慣れの様子よ」と君はお思いになる。人にも言わず、手作りというばかり、里で、作っていた。

君は、お世話に困っていらして、今初めて盗んで持って来たような人の心地がするのも、たいそう面白くて、「長年しみじみと思い申し上げていたのは、片端にもなかった。本当に人の心こそ疎ましいものはあれ。今は一夜も隔てることの無理であるべきこと」とお思いになる。おっしゃった餅を、忍んで、ひどく夜更かして持って参上した。「少納言は大人しくて、恥ずかしくお思いだろう」と、思いやり深く心を配って、娘の弁というのを呼び出して、「これを、忍んで差し上げてください」と言って、香壺の筥を一つ、差し入れた。「確かに、お枕の上に参らせるべきお祝いの物でございます。ああ、畏れ多い。無駄になさらないで」と言うと、「怪しい」と思うけれど、「無駄なことは、まだ慣れない物を」と言って、取ると、「本当に、今はそのような文字をお忌みなさい。決して混じりはしません」と言う。若い人で、様子も深く思い寄ることができないので、持って参上して、お枕の上の御几帳から差し入れたのを、君が、例の申し上げ知らせなさるのだろう。人は知ることができないのに、翌朝、この筥を退出させなさるので、親しい限りの人々が、思い合わすことどもがあった。お皿どもなど、いつの間にか用意したのだろう。花足がたいそう清らかで、餅の様子も、わざとらしく、たいそう面白く整えている。少納言は、「本当に、このようにまで」と思い申し上げさせていたけれど、しみじみありがたく、思いが至らないことのないお心構えに、まず泣かれてしまった。「それにしても、内々におっしゃいなさいな。あの人も、どう思ったでしょう」と、囁き合っている。

この後は、内裏にも院にも、ちょっと参上なさる間でさえ、心が静まらず、面影に恋しいので、「怪しい心だ」と、我ながらお思いになる。お通いだった所々からは、恨めしげに驚かし申し上げなさるなどするので、気の毒にお思いもあるけれど、新しい手枕が心苦しくて、「夜を隔てようか」と、思い悩まれるので、たいそう物憂くて、苦しそうにばかり振る舞っていらして、「世の中がたいそう憂わしく覚える時期を過ごしてから、人にもお目にかかるべきです」とばかりお答えになりながら、お過ごしになる。

今の皇后は、御匣殿をやはりこの大将にばかりお心をおつけになっているのを、「確かにまた、このように身分高くていらした方もお亡くなりになったようだが、それでもあるなら、どうして残念だろうか」などと、大臣がおっしゃるのに、「たいそう憎い」と、お思い申し上げになって、「宮仕えも、めったにしないだけでもなさってくだされば、どうして悪いのですか」と、参上させ申し上げることをお思い励む。君も、並の様子には覚えなかったのを、残念とはお思いになるけれど、ただ今は別な様子に分けるお心もなくて、「何だ、このように短い世に。こうして思い定まるだろう。人の恨みも買わないで済むのだ」と、ますます危うく思い懲りている。「あの御息所は、たいそう気の毒だけれど、本当の寄る辺として頼み申し上げるには、必ず心が置かれてしまうだろう。長年のように見過ごしていらっしゃれば、然るべき折々に物を申し合わせる人ではあるだろう」などと、さすがに、格別にはお思い放たない。

「この姫君を、今まで世間の人もその人とも知り申し上げないのも、物足りない様子だ。父宮にお知らせ申し上げよう」と、お思いになって、お裳着のことを、人に広くはおっしゃらないけれど、並々でない様子にご用意なさるなど、たいそうありがたいけれど、女君は、格別に疎ましく思い申し上げになって、「長年万事に頼み申し上げて、付き従い申し上げていたことこそ、あきれる心だった」と、悔しくばかりお思いになって、はっきりとお見合わせにもならず、申し上げ戯れなさるのも、苦しく無理なものにお思い結ぼおれて、以前にもなくおなりになったご様子を、面白くも気の毒にもお思いになって、「長年、思い申し上げた本意もなく、慣れは増さないご様子の、心苦しいこと」と、お恨み申し上げるうちに、年も改まった。

朔日の日は、例のように、院に参上なさってから、内裏や東宮などにも参上なさる。それから大殿に退出なさった。大臣は、新しい年とも言わず、昔のことどもを申し上げ出して、物足りなく悲しくお思いになるところ、ますますこのようにまでお渡りになるにつけて、念じ返しなさるけれど、堪えがたくお思いだった。お年の加わるためか、物々しい様子まで加わって、以前よりも、清らかに見える。立ち出て、お方にお入りになると、人々も珍しく拝見して、堪えきれない。若君を拝見なさると、格別におよすけて、笑いがちでいらっしゃるのも、しみじみする。目もと、口つきが、ただ東宮と同じ様子なので、「人も拝見して咎めるだろう」とご覧になる。お設えなども変わらず、お衣掛けのお装束などが、例のように掛けられているのに、女の物が並ばないのが、栄えなく物足りなく栄えない。

宮のご消息で、「今日は、たいそう思い忍んでいましたが、このようにお渡りいただいて、かえって」などと申し上げなさって、「昔に慣れておりましたお装いも、この月ごろは、ますます涙に霧り塞がれて、色合いなくご覧になられるでしょうと思いましたが、今日ばかりは、やはりおやつれください」と言って、たいそうし尽くしなさった物どもを、また重ねて差し上げなさった。必ず今日差し上げるべきと、お思いだったお下襲は、色も織り方も、世の常ではなく、心が格別なのを、甲斐なくはないかと言って、お着替えになる。来なかったならば、残念にお思いになったろうと、心苦しい。お返事に、「春が来たとしても、まずお目にかけられるようにと、参上しておりましたが、思い出されることが多くて、申し上げさせられません。

数年来、今日改めた色衣を、着ては涙が降る心地がします。どうしても思いを静められません」と申し上げた。お返事は、

新しい年とも言わず、降るものは、老いぬる人の涙であったよ。おろそかにすべきことではないのです。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。