ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第15場面

大殿を去り、二条院へ

あらすじ・人物・読み方

源氏は大殿の女房たちに別れを告げ、左大臣と涙の対面の末に大殿を去ります。葵の上の手習いの歌を見つけ、院と中宮のもとへ参内したのち、二条院へ帰ります。

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暮れ果てたので、お燈油を近く参らせなさって、然るべき限りの人々が、お前でお話などをなさる。中納言の君という方は、長年ひそかにお慕いしていたけれど、このお悲しみのほどは、かえってそのような筋にもおかけにならない。「しみじみしたお心だなあ」と拝見する。大方には懐かしく語らいなさって、「このように、この日ごろ、これまで以上に、誰も彼も紛れる方なく、見慣れ見慣れて、決して常にかからなければ、恋しくはないでしょうに。悲しいことはもとより、ただ思い巡らすことこそ、堪えがたいことが多かった」とおっしゃると、ますます皆が泣いて、「言っても甲斐のないお言葉は、ただ掻き暮らす心地がいたしますのは、もとより、名残なくさまよい果てさせなさるだろうほど、思い申し上げることこそ」と、申し上げもせず。しみじみと見渡しなさって、「名残なくとは、どうして。心浅くもお取りになるなあ。心長い人でさえあれば、見届けなさるだろうものを。命こそはかないけれど」と言って、灯を見つめていらっしゃるお目もとが、濡れていらっしゃるほどが、素晴らしい。

とりわけ可愛がっていらした小さな童女が、親たちもなく、たいそう心細げに思っているのを、もっともなこととご覧になって、「あてきは、今は私をこそ思うべき人なのだろう」とおっしゃると、たいそう泣く。程のない衵を、人よりは黒く染めて、黒い汗衫、萱草の袴などを着ているのも、面白い姿である。「昔を忘れられない人は、徒然を忍んでも、幼い人を見捨てず、いてください。見た世の名残なく、人々まで離れてしまえば、手立てのなさも増すでしょう」など、皆が心長くあるべきことどもをおっしゃるけれど、「いや、ますます待ち遠しくおなりだろう」と思うと、ますます心細い。

大殿では、人々に、身分ごとにほどほどに置きながら、はかない持て遊び物ども、また、本当にあの方の形見になるべきものなどを、大袈裟でない様子に取りなしながら、皆にお配りになった。君は、このようにばかりも、どうしてつくづくとお過ごしになるだろうと言って、院へ参上なさる。お車を差し出して、お前などが参り集まる頃、折を知った顔の時雨が降り注いで、木の葉を誘う風が、あわただしく吹き払ったところに、お前に仕える人々は、何となく心細くて、少し隙のあった袖どもが湿っていった。夜は、やがて二条院にお泊まりになるはずだと言って、お仕えの人々も、あちらでお待ち申し上げることになるらしく、それぞれが立ち出るのに、今日に限って留めるべきではないことだけれど、またとなく物悲しい。

大臣も宮も、今日の様子に、また悲しさを新たにお思いになる。宮のお前にご消息が申し上げられた。「院がご心配仰せのため、今日は参上いたします。ちょっと立ち出ておりますにつけても、今日まで長らえておりましたよと、乱れる心地ばかりが動いて、申し上げさせるのもかえってでしょうから、そちらにも参上いたしません」とあるので、ますます宮は、目も見えなさらず、沈み入って、お返事も申し上げにならない。大臣が、やがてお渡りになった。たいそう堪えがたそうにお思いになって、お袖も引き放ちなさらない。拝見する人々もたいそう悲しい。

大将の君は、世をお思い続けることが、たいそうさまざまで、お泣きになる様子は、しみじみ心深いながらも、たいそう様子が良く優雅でいらっしゃる。大臣は、長くためらっていらして、「年の積もりには、さほどでもないことにつけてさえ、涙もろい業でございますのに、まして、干る間もなく思い惑っております心を、静めることができませんので、人目も、たいそう乱れがわしく、心弱い様子でございましょうから、院などにも参上していないのです。ことのついでには、そのようにお趣きをお奏しさせなさい。いくらもないだろう老いの末に、打ち捨てられたのが、辛くもございます」と、せめて思い静めておっしゃる様子は、たいそう無理がない。君も、たびたび鼻をかんで、「遅れ先立つほどの定めなさは、世の習いと見知りながら、差し当たって覚えます心の惑いは、類のない業でございます。院にも、様子をお奏しいたしますのに、推し量らせなさるでしょう」と申し上げなさる。

「それなら、時雨も隙なく降っているようですので、暮れないうちに」と、お勧め申し上げなさる。見回しなさると、御几帳の後ろ、障子の向こうなどの空き通った所などに、女房が三十人ほど押し籠もって、濃い、薄い鈍色どもを着ながら、皆がたいそう心細げに、しおれながら座り集まっているのを、たいそうしみじみと、ご覧になる。「お見捨てにならない人も残っていらっしゃるので、それでも、物事のついでにはお立ち寄りになるだろうなどと、慰めますが、一途に思いやりのない女房などは、今日を限りに、お見捨てになった故郷と思い屈して、長く別れた悲しみよりも、ただ時々慣れお仕えする年月の名残がなくなるだろうことを、嘆いているようでございます。打ち解けていらっしゃることはございませんでしたけれど、それでも最期にはと、あいな頼みにしておりました。確かに、心細い夕べでございます」と言っても、お泣きになった。

「たいそう浅はかな人々の嘆きでございますこと。確かに、どうであってもと、のんびりと思っておりました間は、自然とお目が離れる折もございましたでしょうに、かえって今は、何を頼みに怠っておりましょう。今ご覧に入れましょう」と言ってお出になるのを、大臣がお見送り申し上げなさって、お入りになったところ、お設えをはじめ、以前と変わることもないけれど、空蝉のように虚しい心地がなさる。

お帳台の前に、お硯などを散らして、手習いしてお捨てになったのをお取りになって、目を押し絞りながらご覧になるのを、若い人々は、悲しい中にも、微笑む者もあるだろう。しみじみした古い言葉どもを、中国のものも日本のものも書き汚しながら、草体にも真名にも、さまざま珍しい様子に書き混ぜていらっしゃる。「あちらのお筆よ」と、空を仰いで眺めなさる。他人に拝見させてしまうのが、惜しいだろう。「古い枕、古い衾を、誰と共に」とある所に、

亡き魂こそ、ますます悲しい。寝た床の、離れがたい心の慣れによって。また、「霜の花が白い」とある所に、

あなたがなくて塵が積もってしまった常夏の花の、露を払って幾夜寝るのでしょう。一日の花だろう、枯れて混じっている。

宮にご覧に入れて、「言っても甲斐のないことはもとより、このような悲しい類は、世にないだろうかと、思いなしながら、契りが長くなくて、このように心を惑わすはずであったのだろうと、かえっては辛く、前の世を思いやりながら、覚ましておりますが、ただ、日ごろに加えて、恋しさの堪えがたいことと、この大将の君が、今はと他人におなりになるだろうことが、飽きず悲しく思われます。一日、二日もお目にかからず、疎遠でいらしたことでさえ、飽きず胸痛く思っておりましたのに、朝夕の光を失っては、どうして長らえることができましょう」と、お声も堪えきれずお泣きになるのに、お前にいる大人しい人々など、たいそう悲しくて、さっと泣いた、そぞろ寒い夕べの様子である。若い人々は、所々に群れ座りながら、自分たち同士、しみじみしたことどもを語り合って、「殿がお思いおっしゃるように、若君を拝見してこそは、慰められるだろうと思うのも、たいそうはかないほどの形見でこそある」と言って、それぞれ、「ちょっと退出して、参りましょう」と言う者もあれば、互いに別れを惜しむほど、それぞれにしみじみしたことが多かった。

院へ参上なさると、「たいそうひどく顔が痩せてしまった。精進で日を経ているためだろうか」と、心苦しそうにお思いになって、お前で物などお召し上がりになって、あれこれとお心にかけ申し上げさせなさる様子は、しみじみありがたい。中宮のお方に参上なさると、人々が、珍しがって拝見する。命婦の君を通じて、「思い尽きないことどもを、時が経つにつけてもどうでしょう」と、ご消息が申し上げられた。「無常な世は、大方にも思い知っておりましたが、目の近くで見ておりましたのに、厭わしいことが多く思い乱れましたのも、たびたびのご消息に慰められて、今までも」と言って、そうでない折でさえあるご様子を取り添えて、たいそう心苦しい。紋のない表のお召し物に、鈍色のお下襲、纓をお巻きになったやつれた姿が、華やかなお装いよりも、優雅さが勝っていらっしゃる。東宮にも久しく参上しない物足りなさなどを、申し上げなさって、夜が更けて、退出なさる。

二条院では、あちこちを払い磨いて、男女が、お待ち申し上げている。上臈どもが皆参上して、我も我もと装って、化粧しているのを見るにつけても、あの居並んで屈していた様子どもが、しみじみと思い出されなさる。お装束を差し上げ替えて、西の対にお渡りになった。衣替えのお設えが、曇りなく鮮やかに見えて、良い若人や童女が、形や姿を無難に整えて、「少納言のおもてなしは、心配なところがなく、心憎い」とご覧になる。姫君が、たいそう可愛らしく着飾っていらっしゃる。「久しかった間に、たいそう格別に大人びてしまわれた」と言って、小さな御几帳を引き上げて拝見なさると、そば見して笑っていらっしゃるご様子に、飽きるところがない。「火影のお側の目もとや、頭つきなどが、ただ、あの心を尽くし申し上げる人〔藤壺〕に、違うところがなくなっていくことよ」とご覧になると、たいそううれしい。

近くにお寄りになって、疎遠だった間のことどもなどを申し上げなさって、「日ごろのお話を、のんびり申し上げたいけれど、忌まわしく覚えますので、しばらく他方で休んで、参りましょう。今は、途絶えなく拝見できるでしょうから、厭わしくさえ思われるでしょう」と、語らい申し上げなさるのを、少納言は嬉しく聞くけれど、やはり危うく思い申し上げる。「身分の高い忍び所が多く関わっていらっしゃるので、また煩わしいことが立ち代わるだろう」と思うのが、憎い心であることよ。

お方にお渡りになって、中将の君という方が、お足などを参らせて遊んで、大殿に籠もってしまった。朝には、若君のおもとにお文を差し上げなさる。しみじみしたお返事をご覧になるにも、尽きないことどものばかりである。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。