ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第12帖 須磨 / 第1場面

須磨行きの決心

あらすじ・人物・読み方

朧月夜の件で世の非難を浴びた源氏は、自ら須磨へ退く決心をする。残してゆく紫の上や花散里、入道の宮への思いが募る。

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世の中は、たいそう煩わしく、体裁の悪いことばかりが増えるので、〔源氏は〕「せめて知らない顔をして過ごしていても、これ以上のことがあろうか」とお思いになるようになった。

「あの須磨は、昔こそ人の住まいなどもあったけれど、今は、たいそう里離れて物寂しく、海人の家さえまれにしかない」などとお聞きになるけれど、「人の多い、ひたすら賑やかな住まいは、たいそう本意でないだろう。かといって、都を遠く離れるのも、故郷〔都〕が気がかりでならないだろうことを」と、あれこれとお思い乱れる。

万事について、過ぎたことや将来のことを思い続けなさるにつけ、悲しいことがたいそうさまざまにある。憂きものと思い捨てた世も、いよいよ住み離れようと思うと、たいそう捨てがたいことが多い中でも、姫君〔紫の上〕が、明け暮れそばにいて思い嘆いていらっしゃる様子が、お気の毒で痛々しいのを、「巡り巡っても、必ずまた逢うことができよう」と、お思いになるだけでも、なお一、二日の間、よそよそに日を過ごす折々でさえ、気がかりなものに思われ、女君も心細くばかり思っていらっしゃるのを、「何年と期限のある旅路でもなく、逢うことを最後に隔たってゆくのも、定めない世では、そのまま永の別れになる門出かもしれない」と、たいそうお感じになるので、「ひそかに一緒に連れて行こうか」と、思いつく折もあるけれど、そのような心細い海辺で、波風のほかには交わる人もないところに、このような愛らしいご様子で、お連れになるのも、たいそうふさわしくなく、自分の心にも、「かえって、物思いの種になるだろう」と思い返しなさるのを、女君は、「つらい道中でも、せめてお後れ申しさえしなければ」と、意向を示して、恨めしそうに思っていた。

あの花散里にも、お通いになることはまれであるが、心細く痛々しいご様子で、この方の御蔭に隠れて暮らしていらっしゃるので、〔源氏が〕思い嘆いていらっしゃる様子も、まったくもっともなことである。いい加減ではあっても、ほのかにお目にかかりお通いになった所々には、人知れず心を砕いていらっしゃる人が多かったのである。

入道の宮〔藤壺〕からも、「世間の噂が、またどのように取りなすだろうか」と、ご自分のためには慎ましく思われながらも、忍んではお見舞いが常にあった。「昔、こんなふうに相思いの仲で、情愛をもお見せ下さっていたら」と、ふと思い出しなさるにつけても、「何と、さまざまに、心ばかりを尽くすはずの人のご因縁であったことよ」と、つらく思い申し上げなさる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。