第12帖 須磨 / 第2場面
大殿への忍びの訪れ
あらすじ・人物・読み方
出立を前に源氏は夜に隠れて大殿を訪れ、若君を膝に抱き、左大臣と昔語りを交わす。左大臣は源氏の境遇を嘆き慰める。
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現代語で読む
三月二十日過ぎのころに、〔源氏は〕都をお離れになるのであった。人にいつと決めて知らせなさらず、ただたいそう近くお仕えして馴れた者ばかり、七、八人ほどをお供に、たいそうひっそりとご出立なさる。しかるべき所々へ、お手紙だけをひそかにお出しになったのにも、しみじみと偲ばれるほど心を尽くしていらっしゃったのは、見る価値もきっとあっただろうけれど、その折の、気持ちの取り乱しのために、〔受け取った人々も〕はっきりと聞き置くこともできずにしまった。
二、三日前に、夜に紛れて、大殿〔左大臣邸〕にお渡りになった。網代車の身をやつしたもので、女車のように隠れてお入りになるのも、たいそう痛々しく、夢のようにばかり見える。大殿の御方は、たいそう寂しげに荒れた心地がして、若君〔夕霧〕の御乳母たちが、昔お仕えした人々の中で、退出して散らずに残った者ばかりが、このようにお渡りになったのを珍しがり申し上げて、参上し集まって拝見するにつけても、格別物思いの深くない若い人々でさえ、世の無常を思い知らされて、涙に暮れていた。
若君はたいそう可愛らしく、戯れ走っていらっしゃった。
「久しい間〔会わなかったのに〕、〔私を〕忘れないのが、しみじみと嬉しいことだ」
と言って、膝にお据えになったご様子は、〔感情を〕堪えがたい様子である。
大臣〔左大臣〕は、こちらにお渡りになって、対面なさった。
「〔須磨で〕所在なく籠もっていらっしゃる間、何ということもない昔話も、参上して、申し上げようと思っておりましたが、自分の病が重いために、朝廷にもお仕えせず、位をもお返し申し上げておりますので、私的なことではのんびりと〔伺おう〕と、世間の噂がひがひがしくなるだろうことを、今は世の中を憚るべき身の上でもございませんが、性急な世の中がたいそう恐ろしくございます。このような御事を拝見するにつけて、命が長いことが心憂く思われます世の末でございますよ。天の下を逆さまにしても、思いも寄らなかったご様子を拝見すると、万事がたいそうつまらなく思われます」
と申し上げなさって、ひどくしょげていらっしゃる。
「とかくのことも、このようなことも、前世の報いでございますので、言ってみれば、ただ、自分自身の怠りでございます。まして、このように、官爵を取られず、浅はかなことに係わり合っただけでも、朝廷に畏まっている人が、現世の姿で世の中に生き続けるのは、罪の重い行為だと他国でも言われているのを、遠くへ追放すべき定めなどもあるというのは、格別の罪に当たるはずでございましょう。濁りのない心に任せて、何事もないように過ごしておりますのも、たいそう憚りが多く、これより大きな恥に臨まないうちに、世を逃れようと思い立ちました」
などと、細やかにお話し申し上げる。
昔のお話や、院〔桐壺院〕の御こと、お思いでおっしゃせになったお心配りなどを申し上げ出なさって、御直衣の袖も引き放すことがおできにならないほど涙ぐんでいらっしゃるので、君〔源氏〕も、気丈に振る舞うことがおできにならない。若君が無心に紛れ歩いて、あの人この人に馴れていらっしゃるのを、〔大臣は〕痛々しく思っていた。
「亡くなった人〔葵の上〕を、世に忘れる時もなく思い続けて、今も悲しんでおりますのに、この御ことにつけて、もし〔あの人が〕生きている世であったなら、どんなにか思い嘆いたことでしょう。よくぞ〔命が〕短くて、このような夢のような出来事を見ずに済んだのだと、思い慰めております。幼くいらっしゃる方〔若君〕が、このように年老いた私の許に残っていらして、親しみ申し上げることのできない月日が隔たるだろうと思うことが、万事よりも、悲しくございます。昔の人も、本当に罪があるということでさえ、このような目に遭わなかった。やはりそうあるべき運命で、他国の朝廷にもこのような例は多くございました。しかし、言い出すきっかけがあってこそ、そのようなこともございましたが、〔このたびは〕あれこれと、思い寄せる手立てもございません」
などと、多くのお話を申し上げなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。