ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第12帖 須磨 / 第17場面

都の消息と冬の遊び

あらすじ・人物・読み方

都では后の宮の言葉で源氏への文も絶える。須磨では雪の夜に音楽を楽しみ、千鳥の声に独り言つ。

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現代語で読む

都では、月日が過ぎるにつれて、帝をはじめ申し上げて、〔源氏を〕恋い慕い申し上げる折々が多かった。東宮は、まして、いつも思い出しては人知れずお泣きになる。拝見する御乳母、まして命婦の君は、たいそう痛ましく拝見する。

入道の宮〔藤壺〕は、東宮のことを不吉なまでに案じていらっしゃったところに、大将〔源氏〕までこのように流浪なさったのを、たいそう嘆かずにはいらっしゃれない。

御兄弟の親王たちや、親しく申し上げていた上達部などは、初めのころはお見舞い申し上げることもあった。しみじみとした文を作り交わしていたが、それにつけても、世間でのみ評判が良いので、后の宮〔弘徽殿女御〕がお聞きになって、たいそうおっしゃった。

「朝廷の勘事を受けた人は、心のままにこの世の味わいを知ることさえ難しいはずである。趣のある住まいをして、世の中を謗り批判し、あの鹿を馬と言った人の誤りに倣うように追従するとは」

などと、悪いことどもが言われたので、面倒を避けて、手紙を申し上げる人もいない。

二条院の姫君〔紫の上〕は、時が経つにつれて、慰められる折がない。東の対に仕えていた人々も、みな移って参った初めは、「どうしてそれほどまで」と思っていたが、拝見し慣れるにつれて、優しく趣のあるご様子も、真心のこもったお心配りも、思いやり深くしみじみと感じられるので、退出して散ってしまう者もいない。普通ではない身分の人々には、ほのかにお姿を見せるなどなさる。「大勢の中でも優れたお心配りももっともなことだ」と拝見する。

あちらのお住まい〔須磨〕では、長くなるにつれて、堪え過ごすことができないように思われなさるけれども、「私自身さえ浅ましい前世の報いと思われる住まいに、どうして連れて来ては、似つかしくないだろう」とお考え直しになる。場所柄、万事様子が変わり、見知らぬ下人の身の上までも、見慣れないお気持ちに、目覚ましくも恐れ多く、ご自身で思われる。煙がたいそう近くに時々立ち上ってくるのを、「これが海人の塩焼く煙だろうか」とずっと思っていらっしゃったのは、お住まいの後の山で、柴というものを燻しているのであった。珍しく思われて、山里の者の庵に焚く柴の煙のように、しばしば訪ねて来てくれないか、恋しく思う都の人よ。

冬になって雪が降り荒れるころ、空の様子も格別にものすごく眺めなさって、琴を弾いて慰みなさり、良清に歌を歌わせ、大輔が横笛を吹いて、お遊びになる。心を込めてしみじみとした曲を弾きなさると、ほかの楽器の音は止めて、〔皆〕涙を拭い合っていた。

昔、胡の国へ遣わされたという女を思いやりなさって、「ましてどれほどであったろう。この世で私が思い申し上げる人々をそのように放ちやったりしたら」とお思いになるのも、ありそうなことのように不吉で、

「霜の後の夢」と〔いう言葉を〕

とお唱えになる。

月がたいそう明るく差し入って、仮の旅のお座所は、奥まで影がない。床の上に夜の更けた空も見える。入り方の月の光が、ものすごく見えるので、

「ただこれは西へ行くのである」と〔おっしゃって〕

と、独り言をおっしゃって、どちらの雲路に私も迷うことでしょうか。月の見るであろうことも恥ずかしい。

と独り言をおっしゃって、いつものように眠れない暁の空に、千鳥がたいそうしみじみと鳴く。友千鳥が諸声で鳴く暁は、独り寝覚めた床も頼もしい。

ほかに起きている人もいないので、繰り返し独り言をおっしゃって横になっていらっしゃった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。