第12帖 須磨 / 第18場面
明石入道の望み
あらすじ・人物・読み方
明石の入道は須磨の源氏を婿にと望み母君と語らう。娘は身の程を思い、住吉の神に祈る。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
〔良清は、源氏が〕夜深くお手水をお持ちし、御念誦などなさるのも、珍しいことのように立派にばかり思われなさるので、お見捨て申し上げることができず、家にちょっと出ることもできなかった。
明石の浦は、ただ這い渡るほどの近さなので、良清の朝臣は、あの入道の娘を思い出して、手紙などを遣わしたが、返事もせず、父の入道が、
「申し上げるべきことがあります。ちょっとお会いしたいものです」
と言ったけれども、「承知してくれないだろうから、行きかかって、むなしく帰る後々も愚かに見えるだろう」と、たいそう気後れして行かない。
〔入道は〕世に類なく心を高く持っているが、国の中では国守の縁者であることだけが恐れ多いこととされているけれども、ひねくれた心は少しもそうは思わずに年月を過ごしてきたところに、この君〔源氏〕がこのようにいらっしゃると聞いて、母君に相談する様子は、
「桐壺の更衣のお腹の、源氏の光る君が、朝廷への遠慮によって、須磨の浦にいらっしゃっているそうだ。わが子の前世の因縁で、思いがけないことがあるのだ。どうにかこの機会に、この君に〔娘を〕差し上げたいものだ」
と言う。母は、
「ああ、片腹痛い。京の人の語るのを聞けば、高貴な御妻たちをたいそう多く持ちなさって、そのあまり、人知れず帝の御妻まで過ちをなさって、このように騒がれなさるというお方が、まさかこのような賤しい山里の者を、心に留めなさるでしょうか」
と言う。〔入道は〕腹を立てて、
「お分かりにはなるまい。思う心は格別なのだ。そういう心でいなさい。機会を作って、ここにもおいでいただこう」
と、気を大きく持って言うのも頑なに見える。まばゆいほどに〔娘を〕飾り立て大切に育ててきた。母君は、
「どうして、立派な方でも、事の初めに、罪に当たって流されていらっしゃるような人を、あえて思いをかけましょうか。それでも心を留めなさるはずのことがあるならともかく、戯れにでもあってはならないことです」
と言うのを、〔入道は〕たいそうひどくつぶやく。
「罪に当たることは、中国でも我が朝廷でも、このように世に優れ、何事も人と違ってしまった人には、必ずあることだ。何と立派にしていらっしゃる君だろうか。亡き母の御息所は、自分の叔父でいらっしゃった按察使大納言の娘である。たいそう高尚な名声を取って、宮仕えにお出しになったところ、帝が格別に寵愛なさることが並ぶものないほどであったので、人の嫉みが重なってお亡くなりになったけれども、この君が残っていらっしゃるのは、たいそうめでたいことだ。女は心を高く持って仕えるべきものだ。私が、このような田舎人だからといって、お見捨てにはなるまい」
などと言っていた。
この娘は、優れた容貌ではないけれど、優しく上品で、才気のある様子などは、なるほど、高貴な人に劣らないのであった。自分の身の様子を、残念なものと思い知って、
「高い身分の人は、私を何の数にもお思いになるまい。身分相応の世の中など、決して見まい。命が長くて、思う人々に後れてしまったら、尼にもなってしまおう、海の底にも入ってしまおう」
などと思っていた。
父君は、ひどく大切に思い世話をして、年に二度、住吉へ参詣させていた。神のお告げを、人知れず頼みに思っていた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。