第12帖 須磨 / 第5場面
花散里の夜
あらすじ・人物・読み方
出立前夜、源氏は花散里を訪れる。おぼろ月影の下、短い対面に歌を交わして別れる。
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現代語で読む
花散里が心細そうに思って、常に〔源氏へ〕申し上げなさるのももっともなことで、「あの人も、今一度見なければ、つれないとでも思うだろう」とお思いになると、その夜は、またお出になるものの、たいそう億劫で、ひどく夜を更かしておいでになると、女御は、
「このように〔訪れる人の〕数に入れてくださって、お立ち寄りくださったこと〔はありがたいことです〕」
と、喜び申し上げなさる様子は、書き続けるのも煩わしいほどである。
たいそう痛々しく心細いご様子で、ただ〔源氏の〕御蔭に隠れて過ごしていらっしゃった年月が、ますます荒れてゆくだろう先が思いやられて、お邸の内は、たいそうひっそりとしている。
月がおぼろに差し出て、池は広く、山木の深いあたりが、心細げに見えるにつけても、住み離れるだろう岩の中〔須磨〕が、思いやられる。
西面〔の部屋の花散里〕は、「こんなふうにはお渡りにならないか」と、うち屈んで思っていたところに、しみじみとした思いを添えた月影が、艶やかに静まり返っているところに、振る舞っていらっしゃる匂いが、似るものがなくて、たいそう忍びやかにお入りになると、〔花散里は〕少し座って出て、そのまま月を見ていらっしゃる。またここでお話をするうちに、明け方が近くなってしまった。
「短い夜のほどですよ。これほどの対面も、またできるかどうかと思うと、何事もなく過ごしてきた年ごろも悔しく、過去にも将来にも例になるべき身の上で、何となく心の留まる世もなく過ごしてきたことです」
と、過ぎ去った昔のことどもをおっしゃって、鶏もしきりに鳴くので、世間を憚って急いでお出になる。例によって、月の入り果てる様子に例えられて、しみじみとしている。女君の濃い御衣に映って、本当に、〔月の光の〕漏れるお顔なので、月影の宿っている袖は狭くても、留めて見たいものです。飽きることのないその光を。
〔花散里が〕痛々しく思っているのが、お気の毒なので、一方では慰め申し上げなさる。巡り巡って、ついには澄むはずの月影が、しばらく曇っている空を、眺めないでください。
思えば、はかないことです。ただ、知らない間に流れる涙ばかりが、心を暗くさせるものですね」
などとおっしゃって、明け方の暗いうちにお出になった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。