ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第12帖 須磨 / 第7場面

入道の宮と院の御墓

あらすじ・人物・読み方

源氏は入道の宮に拝謁し歌を交わし、賀茂の社では従者の歌に心を打たれ、院の御墓に参る。

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現代語で読む

明日〔出立〕というので、夕方には、院の御墓をお拝み申し上げなさろうとして、北山へお詣りになる。明け方に月が出るころなので、まず、入道の宮〔藤壺〕に参上なさる。近くの御簾の前に御座をお運びになって、ご自身でお話し申し上げなさる。東宮のことをたいそう気がかりなものに思い申し上げなさる。

互いに心の深い者同士のお話は、万事しみじみと勝っていたことだろうよ。懐かしく立派なご様子が昔とお変わりないので、つらかったお心遣いをも、ほのめかし申し上げたいけれど、今さら疎ましいと思われるにちがいなく、ご自身のお心でも、かえって今一段と乱れが増しそうなので、堪え返して、ただ、

「このように思いがけない罪に当たりましたのも、お思い合わせになる一節があって、空も恐ろしく存じられます。惜しむに足りない身はないものとしても、宮の御代にだけでも、何事もなくいらっしゃれば」

とだけ申し上げなさるのは、もっともなことであるよ。

宮も、皆お分かりになることであるので、お心だけが動いて、お言葉をお返しにはならない。大将〔源氏〕は、万事をかき集めるように思い続けて、泣いていらっしゃる様子が、たいそう尽きることなく艶やかである。

「御山〔御墓〕に参りますのを、お言伝て〔いただけます〕か」

と申し上げると、すぐには何もおっしゃらず、無理にためらっていらっしゃるご様子である。見た〔昔〕はなく、ある〔今〕は悲しい世の果てを、背いた甲斐もなく、泣く泣く過ごしております。

ひどいお心の惑いどものために、思い集めることどもも、続けさせなさることがおできにならない。お別れした時に悲しいことは尽きてしまったのに、またこの世の憂さが増さることです。

月が出るのを待ってお出になる。お供にはただ五、六人ばかり、下人も親しい限りの者として、お馬でいらっしゃる。言うまでもないことだが、以前の世でのお出歩きとは異なり、皆たいそう悲しく思うのである。その中に、あの御禊の日に、仮の御随身としてお仕えした右近の将監の蔵人が、受けるべき冠位も時期が過ぎてしまったのを、ついに名簿を削られ、官も取り上げられて、みじめなので、お供に参るうちの一人である。

賀茂の下の御社を、彼方と見渡すほどに、ふと思い出されて、〔馬から〕下りて、御馬の口を取る。〔源氏を〕引き連れて葵を挿頭したその昔を思うとつらいことです。賀茂の瑞垣よ。

と言うのを、「本当に、どのように思っているだろう。人より格別に華やかだったものを」とお思いになるのも、お気の毒である。

君〔源氏〕も、御馬からお下りになって、御社の方をお拝みなさる。神に申し上げなさる。憂き世とは今こそ別れます。留まるはずの名は、糺の神にお任せして。

とおっしゃる様子を、物を見て感嘆する若い人〔将監〕が、身にしみてしみじみと立派だと拝見する。

御山にお詣りになって、〔院が〕いらっしゃったご様子が、ただ目の前のように思い出される。限りない〔悲しみ〕の中でも、世にお亡くなりになった人こそ、言いようもなく残念なことだったのである。万事を泣く泣く申し上げなさっても、その道理をはっきりお聞き届けにならないので、「あれほどおっしゃりなさったさまざまのご遺言は、どこへ消え失せてしまったのか」と、言っても甲斐がない。

御墓は、道の草が茂くなって、分け入って行かれるほど、ますます露深いのに、月も隠れて、森の木立が、木深くもの寂しい。帰り出る方角もない心地がして、お拝みになると、在りし日の御面影が、はっきりとお見えになる、ぞっと寒いほどである。亡き人の面影は、どのように御覧になるでしょうか。他所事のように眺める月も、雲に隠れてしまいました。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。