ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第12帖 須磨 / 第8場面

春宮への文と都の惜しみ

あらすじ・人物・読み方

源氏は春宮に桜の枝に文を添えて送り、幼い返歌に慰められる。都の人々も源氏を惜しむ。

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現代語で読む

夜が明けきるころにお帰りになって、東宮にもご消息を申し上げなさる。王命婦をお代わりとしてお仕えさせていらっしゃるので、「そのお局へ」と言って、

「今日、都を離れます。もう参上できなくなりましたことが、数々の憂いに勝って思われます。万事お察しになってお取り次ぎください。いつまた、春の都の花を見ることができるでしょうか。時を失った山賤となって。

桜の散り過ぎた枝に〔文を〕お付けになっていた。「このように」と御覧に入れると、幼いお心にも真面目でいらっしゃる。

「お返事はどのようにあそばすでしょうか」

と〔王命婦が〕申し上げると、

「しばらく見ないだけでも恋しいものを、遠くへはましてどうして、と言いなさい」

とおっしゃる。「何ともはかないお返事だ」と、しみじみと拝見する。つまらないことに御心を砕きなさった昔のことや、折々のご様子が、思い続けられるにつけても、物思いもなく自分も人も過ごしていられたはずの世を、心から思い嘆いていらしたのを悔しく、自分の心ひとつにかかることのように思われる。お返事は、

「まったくお伝え申し上げることができません。御前には申し上げました。心細そうに思っていらっしゃるご様子もたいそうなことです」

と、とりとめもなく、心が乱れていたのであろう。咲いてすぐに散るのは憂いけれど、行く春よ、花の都を立ち帰って見よ。

時があるならば」

と申し上げて、名残も惜しいお話をしながら、一の宮の内では、忍んで泣き合っていた。

一度でもお目にかかった人は、このように意気地なく思いくずおれていらっしゃるご様子を、嘆き惜しみ申し上げない人はいない。まして、常に参上して馴れていた人々は、お顔も知り及ばないような長女から御厠人に至るまで、ありがたいお心遣いの下にあったのを、「しばらくの間でも、お目にかからない日々が経つだろうか」と、思い嘆いていた。

大方の世の人も、誰が〔源氏の境遇を〕よいことと思い申し上げるだろうか。七歳におなりになって以来、帝の御前に夜も昼もお仕えになって、奏上なさることで叶わないことはなかったので、このお庇護にかからない人はなく、御徳を喜ばないことがあっただろうか。高貴な上達部や弁官などの中にも〔御徳を喜ぶ者は〕多くいた。それより下は数も知れないほどだが、〔人々も源氏の徳を〕思い知らないのではないけれど、さしあたって、機敏な世の成り行きを思い憚って、参って近寄る者もない。世間は大騒ぎして惜しみ申し上げ、陰では朝廷を謗り、恨み申し上げるけれど、「身を捨ててお見舞いに参るにしても、何の甲斐があろうか」と思うのだろうか、このような折は人の心も悪く、恨めしい人が多く、「世の中はつまらないものだな」とばかり、万事につけてお思いになる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第12冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。