第13帖 明石 / 第2場面
夢の父帝
あらすじ・人物・読み方
嵐がようやく静まり、うたた寝の夢に亡き桐壺帝が現れる。住吉の神の導きに従ってこの浦を去れと告げられ、源氏は救われた思いに胸を塞がれる。
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現代語で読む
しだいに風が直り、雨脚も弱まり、星の光も見えるようになると、この御座所がたいそう珍しいこともまことに恐れ多くて、寝殿へお返し移し申し上げようとすると、
「焼け残った方も荒れた様子で、そこの人々が踏みとどろかしてうろたえるうちに、御簾などもみな吹き散らしてしまった」「夜を明かしてこそ」などと言い合っていると、君は御念誦をなさって、あれこれお思い巡らすにつけ、たいそう心が慌ただしい。
月が出て、潮が近くまで満ちて来た跡もあらわに、名残のなお寄せ返す波の荒いのを、柴の戸を押し開けて、眺めていらっしゃる。近いあたりに、物の心を知り、過去や将来のことを思い合わせて、あれこれとはかばかしく悟る人もいない。卑しい海人などが、貴い方がおいでになる所だといって集まって参って、お聞き知りでもないことどもを囀り合っているのも、たいそう珍しいけれど、追い払うこともなさらない。
「この風が今しばらくやまなかったら、潮が上がって残る所はなかっただろう。神の助けは並々でなかった」と言うのをお聞きになるのも、たいそう心細いと言えば言い足りないほどである。海においでの神の助けによらなかったなら、潮の八百会の波間に漂っていたことでしょう。
一日中鳴り響いた雷の騒ぎに、そうはいってもひどく疲れきってしまわれたので、心ならずもうつらうつらなさる。恐れ多い御座所なので、ただ寄り臥していらっしゃると、故桐壺院が、ただおいでだったそのままの様子でお立ちになって、
「どうして、このような卑しい所にいるのか」と言って、御手を取りて引き立てなさる。
「住吉の神の導きなさるままに、早く舟を出して、この浦を去りなさい」とおっしゃる。たいそううれしくて、
「恐れ多い御姿にお別れ申し上げて以来、さまざま悲しいことばかりが多くございますので、今はこの渚に身を捨ててしまいましょう」と申し上げると、
「決してならないことだ。これは、ただわずかな物の報いなのだ。私は、位にあった時、過ちはなかったけれど、自然と犯したことがあったので、その罪を償い終えるまで暇がなくて、この世を顧みなかったけれど、ひどい愁いに沈むのを見るに堪えがたくて、海に入り、渚に上り、ひどく疲れたけれど、このような機会に内裏に奏上すべきことがあるので、急いで上って来たのだ」と言って、立ち去ってしまわれた。
名残惜しく悲しくて、「お供に参りましょう」と泣き入って、見上げなさると、人もなく、月の顔だけがきらきらとして、夢の心地もせず、御気配が残っている心地がして、空の雲が哀れに棚引いていた。
長年、夢の中にも拝見せず、恋しく気がかりだった御様子を、ほのかではあるが確かに拝見したことだけが、面影に思われなさって、「私がこのように悲しみを極め、命が尽きようとしていたのを、助けに翔けてくださった」と哀れにお思いになると、「よくぞこのような騒ぎもあったものだ」と、名残が頼もしく、うれしく思われることは限りない。
胸がつと塞がって、かえっての御心の乱れに、現実の悲しいことも打ち忘れ、「夢にもお返事を今少し聞くことができなかったこと」が心残りで、「またお目にかかれるか」とわざわざ寝入りなさるけれど、まったくお目も合わずに、明け方になってしまった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。