第13帖 明石 / 第3場面
明石への船出
あらすじ・人物・読み方
夢のお告げで舟を用意していた明石入道の迎えが着く。父帝の夢の教えとも合致し、源氏は夜明け前に舟に乗り、風に運ばれて明石に着く。
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現代語で読む
渚に小さな舟を寄せて、二、三人ほどが、この旅の御宿を指して参る。どなたかと問うと、
「明石の浦から、前の守の新発意〔入道〕が、御舟を用意して参ったのです。源少納言〔良清〕さまがおいででしたら、対面して事情をお伝え申し上げたい」と言う。良清は驚いて、
「入道は、あの国の得意先で、長年語り合っておりましたが、私に少し恨むことがあって、特別な消息さえ通わせないで久しくなっておりましたのに、波の紛れに、どんなことかあるのだろう」と、訝しむ。君が、御夢などとも思い合わせなさることもあって、「早く会え」とおっしゃるので、舟に行って会った。「あれほど激しかった波風に、いつの間に舟を出したのだろう」と、合点がいかずに思った。
「先日の朔日の日に、夢に様子の異なったものが告げ知らせることがございましたので、信じがたいことと思っておりましたが、『十三日に新たな験を見せよう。舟を用意して、必ず、雨風が止んだら、この浦に寄せよ』と、あらかじめ示すことがございましたので、試しに舟の用意をして待っておりましたところ、恐ろしいほどの雨・風・雷が脅かしておりましたので、人の朝廷でも夢を信じて国を助けた例が多くございましたのを、お用いにならないまでも、この戒めの日を過ごさず、この由を告げ申し上げようと、舟を出しましたところ、不思議な風が細く吹いて、この浦に着きましたことは、まことに神の導きに違いございません。こちらにも、もしや御存じのことでもございましたでしょうか、ということです。たいそう憚り多くございますが、この由を申し上げてください」と言う。良清は、忍びやかに伝え申す。
君は、お思い巡らすにつけ、夢といい現実といいさまざま穏やかでなく、兆しのようなことどもを、過去と将来と思い合わせなさって、
「世の人が聞き伝える後のそしりも穏やかではあるまいことを憚って、まことの神の助けであろうものに背くならば、またこれ以上に、物笑いになる目を見るだろう。現実の人の心でさえなお苦しい。はかないことでも包み隠して、自分より年長で、あるいは位が高く、時世の信任が今一段とまさる人には、なびき従って、その心の向きをたどるべきものなのだ。退いて咎なしとこそ、昔、賢い人も言い置いた。げに、このように命の極みにあって、世にまたとない目の限りを見尽くした。今さら後の名を惜しんだところで、どうなるものでもない。夢の中にも父帝のお教えがあったのだから、また何を疑おうか」とお思いになって、お返事をなさる。
「知らない世界に、珍しい愁いの限りを見たけれど、都の方からといって訪ねてよこす人もない。ただ行方のない空の月日の光ばかりを故郷の友として眺めておりましたが、うれしい釣舟です。あの浦に、静かに隠れ住める隅はございましょうか」とおっしゃる。限りなく喜び、畏まり申す。
「ともあれ、夜の明けきらないうちに御舟にお乗せ申し上げよ」と言って、いつもの親しい者ばかり四、五人で、お乗せ申し上げた。
いつもの風が出てきて、飛ぶように明石にお着きになった。ただ這い渡るほどの片時の間とはいえ、なお不思議なまでに思われる風の心である。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。