ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第32帖 梅枝 / 第3場面

薫物の判定

あらすじ・人物・読み方

溝水のほとりから掘り出された沈などを加え、御方々の香の判定が始まる。斎院の黒方は静やかで心にくく、紫の上の梅花ははなやか、夏の御方の荷葉、冬の御方の薫衣香と、それぞれの個性が語られる。月が出て酒宴となり、昔の物語に花が咲く。

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現代語で読む

右近の陣の御溝水のほとりに倣って、西の渡殿の下から流れ出る汀の近くに埋めさせなさっていた〔沈〕を、惟光の宰相の子である兵衛尉が、掘り出して持って参った。宰相中将が〔それを〕受け取って〔源氏へ〕お伝え申し上げなさる。宮〔蛍兵部卿宮〕が、

「たいそう厳しい判者に当たってしまいましたな。たいそう煙たいことですよ」と、〔煙に〕お悩みになる。〔香の煙は〕同じように、どこへでも散りながら広がっていくはずのものを、人々がそれぞれの心のままに調合なさった、その深さ浅さを、嗅ぎ比べなさるのは、たいそう興趣の深いことが多い。

どれとも決めがたい中で、斎院の御黒方は、そうはいっても、奥ゆかしく静やかな香りで、格別である。侍従は、大臣〔源氏〕のお作りは、格別に艶やかで心引かれる香であると判定なさる。

対の上〔紫の上〕のお作りは、三種ある中では、梅花〔の香〕が、華やかに今風で、少し早めの季節を先取りする趣向を添えて、珍しい薫りが加わっている。「この頃の風に吹き送るのには、これに勝る香は決してあるまい」とお褒めになる。

夏の御方〔花散里〕は、人々がこのようにめいめいの心を込めて競い合ってお作りになる中で、大勢の中に割り込んで出て行くまいと、煙さえも思い消えてしまうようなお気持ちで、ただ荷葉を一種だけ調合なさった。趣の変わった湿やかな香がして、しみじみと心引かれる。

冬の御方〔明石の君〕についても、季節ごとに定まった香に埋もれてしまうのもつまらないとお思いになって、薫衣香の処方で優れたものは、前の朱雀院のものをお写しさせなさって、公忠朝臣が、特に選んでお作り申し上げた百歩の方などを思いついて、世に類なく艶やかなところを取り集めた、趣向の優れている〔香である〕と、どの香も劣るところはないと判定なさるのを、「欲のない判者のようですね」と〔宮が〕申し上げなさる。

月が差し出たので、大御酒などを差し上げて、昔のお話などをなさる。霞んだ月の光が奥ゆかしいところへ、雨の名残の風が少し吹いて、花の香が心引かれるので、御殿のあたりは言いようもなく香りが満ちて、人々のお気持ちもたいそう艶やかである。

蔵人所の方でも、明日の管弦の遊びの稽古合わせに、御琴などの支度などをして、殿上人など大勢が参って、興趣ある笛の音の数々が聞こえる。

内大臣邸の頭中将や弁少将なども、ご挨拶だけで退出しようとするのを、〔源氏が〕お留めさせなさって、楽器どもをお取り寄せになる。

宮の御前には琵琶、大臣に箏の琴が参って、頭中将は、和琴をいただいて、華やかに掻き鳴らすのが、たいそう面白く聞こえる。宰相中将は、横笛をお吹きになる。折に合った調子で、雲の彼方まで通るほど吹き立てた。弁少将は、拍子を取って、「梅が枝」を歌い出したのが、たいそう趣がある。〔弁少将は〕童であった頃、韻塞ぎの折に、「高砂」を謡った君である。宮も大臣も合いの手を入れなさって、大げさではないながらも、風情ある夜の管弦の遊びである。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第32冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。