第52帖 蜻蛉 / 第1場面
浮舟失踪の騒ぎ
あらすじ・人物・読み方
宇治の邸では浮舟の姿が見えず、人々は探し騒ぐ。匂宮からの文と前夜の返事を開いた右近は、浮舟の覚悟を悟って泣く。
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あちら〔宇治〕では、人々が、〔姫君の〕おいででないのを探し騒ぐけれど、甲斐がない。物語の姫君が、人に盗まれたという翌朝のようであるので、詳しくも言い続けない。京から、〔匂宮の〕あった使者が帰らないままだったので、心もとなしといって、また人をよこしていた。
「まだ、鶏の鳴く〔明け方〕に、〔大将殿が姫君を〕お出し立てなさった」
と使者が言うのに、どのように申し上げようかと、乳母をはじめとして、慌て惑うこと限りない。思いやる方なくて、ただ騒ぎ合っているのを、あの心知れる者同士が、〔姫君が〕ひどく物を思いなさっていた様子を思い出すのに、「身をお投げなさったか」とは思い寄った。
泣く泣くこの文を開いたところ、
「ひどく心もとなさに、まどろまれませんせいか、今宵は夢にさえうち解けて見えません。物に襲われつつ、心地も例ならず情けなくありますのを。なおひどく恐ろしく、〔宇治へ〕お渡りになることは近いのですが、その間、ここにお迎え申し上げましょう。今日は雨が降りそうなので」
などある。昨夜の御返事も開けて見て、右近はひどく泣く。
「やはりそうだ。心細いことは申し上げなさっていた。私に、どうして少しも仰ることがなかったのだろう。幼かった頃から、露ほども心置かれ申すことなく、塵ほども隔てなく慣れていたのに、今は最期の道にこそ、私を後れさせ、様子さえ見せなさらなかったのが辛いこと」
と思うのに、足摺りということをして泣く様子は、若い子どものようだ。ひどく思いなさっていた御様子は、お見申し上げ渡していたけれど、かけても、このように並々でなく仰々しいことを、思い寄りなさるだろう人とは見えなかった人の御心の様子を、「なお、どのようにしたことか」と心もとなく悲しい。
乳母は、なかなか物も覚えないで、ただ、「どうしよう。どうしよう」とぞ言われるのだった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。