第52帖 蜻蛉 / 第3場面
時方、宇治に至る
あらすじ・人物・読み方
時方は雨の宇治に着き、今宵葬るという言葉に驚く。右近には会えず、侍従から姫君の死を告げられる。
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易しい人は、早く行き着いた。雨は少し降り止んでいたけれど、わりない道にやつれて、下臈の様子で来たので、人が多く立ち騒いで、
「今宵、そのままお納め申し上げるそうだ」
など言うのを聞く心地も、浅ましく思われる。右近に消息したけれども、会えず、
「ただ今、物も覚えません。起き上がる心地もしないで。それに、今宵ばかりこそ、このようにも立ち寄りなさるでしょうに、申し上げられないことです」
と言わせていた。
「そうとて、このように心もとなくては、どう帰り参りましょう。今一ところだけでも」
と切に言ったので、侍従ぞ会ったのだった。
「ひどく浅ましいことです。思いも及ばない様子でお亡くなりになったので、悲しいというにも足らず、夢のようで、誰も誰も惑っていますとお申させなさい。少しも心地を留めまして、日ごろも、物思いなさっていた様子、一夜、ひどく心苦しいと思い申し上げなさっていた有様なども、申し上げさせましょう。この穢れなど、人が忌みますほどが過ぎて、今一度立ち寄りなさい」
と言って、泣くことがひどく悲しい。
内にも泣く声々ばかりして、乳母であるらしい、
「我が君よ、どちらへいらっしゃったのですか。お帰りなさい。虚しい骸さえお見申し上げないのが、甲斐なく悲しくもあることよ。明け暮れお見申し上げても飽かずお思いになり、いつしか甲斐ある御様子をお見申し上げようと、朝夕に頼み申していたからこそ、命も延びていたのです。うち捨てなさって、このように行方も知らせなさらないこと。
鬼神も、我が君をばお領じ申し上げまい。人がひどく惜しむ人をば、帝釈もお返しなさるそうだ。我が君をお取り申し上げたなら、人であれ鬼であれ、お返し申し上げよ。亡き御骸もお見申し上げよう」
と言い続けるのが、心えないことどもが混じるのを、不思議と思って、
「なお、仰いなさい。もし、人がお隠し申し上げているのか。確かにお聞きになろうと、御身の代わりに出だし立てなさった御使です。今は、どうあっても甲斐ないことだけれど、後に聞き合わせなさることがあるでしょうに、違うことが混じれば、参った御使の罪になるでしょう。
また、それでもと頼ませなさって、『君たちに対面せよ』と仰せられた御心映えも、勿体なしとは思われませんか。女の道に惑いなさることは、人の朝廷にも、古い例どもがあるけれど、またこのようなこと、この世にはない、とぞお見申し上げる」
と言うのに、「げに、ひどくあはれな御使である。隠そうとしても、このように例ならぬことの様子は、おのずから聞こえるだろう」と思って、
「どうして、少しでも、人がお隠し申し上げなさるだろう、と思い寄るべきことがあるならば、隠してもある限り惑いましょう。日ごろ、ひどく悲しく物思いなさるようだったので、あの殿の、煩わしげに、ほのめかし申し上げなさることなどもありました。
御母にいらっしゃる人も、このように罵る乳母なども、初めから知り始めた方にお渡りになろう、と急ぎ立って、この御事をば、人知れぬ様にばかり、勿体なくあはれと思い申し上げなさっていたのに、御心が乱れたのでしょう。浅ましく、心と身を亡くしなさったようであるので、このように心の惑いに、僻々しく言い続けられるのです」
と、さすがに、まともでなくほのめかす。心得がたく思われて、
「それなら、のどかに参ろう。立ちながらあるのも、ひどく素気ないようだ。今、御自らもいらっしゃるだろう」
と言うと、
「ああ、勿体ない。今更、人の知り申し上げさせるのも、亡き御ためは、なかなか目出度い御宿世が見えるべきことだけれど、お忍びになったことなので、また漏らさせなさらないで、止めさせなさるのが、御心ざしにあるべきことです」
こちらでは、このように世離れして亡くなりなさった旨を、人に聞かせるまいと、万事に紛らわすのを、「自然に事どもの様子も見えるだろう」と思えば、このように唆し遣った。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。