第52帖 蜻蛉 / 第9場面
匂宮、侍従を迎える
あらすじ・人物・読み方
匂宮は右近を召すが、代わりに参った侍従から浮舟の最期の様子を聞き、櫛の筥などを贈る。
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ひどく夢のようにばかり、なお、「どうして、ひどく急なことだったのか」とばかりいぶせいので、例の人々を召して、右近を迎えに遣わす。母君も、さらにこの水の音気配を聞くのに、我も転び入りそうで、悲しく心憂いことの止まるべくもないので、ひどく侘しくてお帰りになってしまった。
念仏の僧どもを頼もしい者として、ひどく幽かなのに入り来たので、仰々しく、急に立ち巡った宿直人どもも、見咎めない。「あいにくに、最期の旅路も入れ申し上げずにしまったよ」と、思い出すのも痛々しい。
「あるまじき事を思い焦がれること」と、見苦しくお見申し上げるけれど、ここに来ては、いらっしゃった夜な夜なの有様、抱かれ申し上げなさって、舟にお乗りになった気配の、上品に美しかったことなどを思い出すのに、心強い人がなくあはれだ。右近が会って、ひどく泣くのも理である。
「このように仰せになって、御使に参りました」
と言うと、
「今更に、人も不思議と言い思うのも慎ましく、参っても、はかばかしくお聞き明らかなほど、物申し上げさせるべき心地もしません。この御忌が果てて、かりそめにも、と人に言いなすのも、少し似つかわしくありそうなほどになしてこそ、心より他の命があれば、少し思い静まる折に、仰せ言がなくとも参って、げにひどく夢のようであったことどもも、語り申し上げたいです」
と言って、今日は動くべくもない。
大夫も泣いて、
「さらに、この御仲のことを、細かに知り申し上げさせません。物の心を知りませんながら、類ない御心ざしをお見申し上げていましたので、君たちをも、どうして急ぎして申し上げ承りましょうか。ついにはお仕えするべきあたりにこそ、と思っていましたのを、言い甲斐なく悲しい御事の後は、私の御心ざしも、なかなか深さが増して」
と語らう。
「わざと御車など思い巡らして、差し上げなさったのを、虚しくては、ひどく痛々しく。今一ところでも参りなさい」
と言うと、侍従の君を呼び出して、
「それでは、参りなさい」
と言うと、
「まして何事をか申し上げさせましょう。それにしても、なお、この御忌のほどにはどうして。忌ませなさらないのですか」
と言うと、
「お患いなさる御響きに、さまざまな御慎みどもあるようですが、忌み合えさせなさりそうもない御様子に。また、このように深い御契りでは、籠もらせなさってもいらっしゃるでしょう。残りの日は幾ばくもない。なお一ところ参りなさい」
と責めると、侍従ぞ、あった御様子もひどく恋しく思い申し上げるのに、「どのようになる世にかお見申し上げよう、このような折に」と思いなして参った。
黒い衣どもを着て、引き繕った容貌もひどく清げだ。裳は、ただ今我より上な人がないのにうち弛みして、色も変えなかったので、薄色なのを持たせて参る。
「いらっしゃったなら、この道にぞ忍んでお出でになったろう。人知れず心を寄せ申し上げた物を」など思うのにもあはれだ。道すがら泣く泣く来た。
宮は、この人が参った、とお聞きになるのもあはれだ。女君には、あまりに情けないので、申し上げなさらない。寝殿にいらっしゃって、渡殿に降ろしなさった。あった様子など詳しく問わせなさるのに、日ごろ思い嘆きなさった様子、その夜お泣きになった様子、
「不思議なまで言少なに、おぼおぼとばかり物していらっしゃって、悲しいと思われることも、人にうち出でなさることは難しく、物慎みばかりしなさっていたせいか、仰せ置くことはありません。夢にも、このように心強い様子にお思い隠そうとは、思いませんでした」
など、詳しく申し上げると、ますますひどく悲しく、「そうあるべきにしても、どうあってもあらましよりは、どれほど物をお思い立って、そのような水に溺れたのだろう」と思いやるのに、「これを見つけて堰き止めたらよかったのに」と、湧き返る心地しなさるけれど、甲斐ない。
「御文をお焼き失いなさったなどに、どうして目をお立てなかったのだろう」
など、夜一夜語らいなさるのに、申し上げ明かす。あの巻数に書き付けなさっていた、母君の返り事などを申し上げる。
何ほどの物とも御覧にならなかった人も、睦ましくあはれに思われると、
「我のもとにあれよ。あなたも持て離れるべきだろうか」
と仰ると、
「そうして、仕えましょうにつけても、物ばかり悲しいだろうと思いなさるので、今この御果てなど過ぎて」
と申し上げる。「またも参れ」など、この人をさえ、飽かず思われる。
暁に帰るのに、あの御料といって設けさせなさっていた櫛の筥一具、衣筥一具を、贈り物にさせさせなさる。さまざまにせさせなさることは多かったけれど、仰々しくなりそうなので、ただこの人に仰せたほどだった。
「何心もなく参って、このような事どものあるのを、人はどう見るだろう。すずろに難しい業だな」
と思い煩うけれど、どう申し上げ返そうか。
右近と二人、忍んで見つつ、つれづれなままに、細かに今めかしくし集めた事どもを見ても、ひどく泣く。装束もひどく厳しくし集めた物どもなので、
「このような御服に、これをばどうやって隠そうか」
など、持て煩っていた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。