ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第52帖 蜻蛉 / 第10場面

薫の宇治訪問

あらすじ・人物・読み方

薫は宇治を訪れ、右近から匂宮との密通の経緯を聞かされる。川を眺めて歌を詠み、法事の用意を律師に命じて帰る。

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大将殿も、なお、ひどく心もとなさに、思い余っておいでだった。道のほどから、昔の事どもを掻き集めつつ、

「どのような契りで、この父親王の御もとに来始めたのだろう。このように思いかけない果てまで思い扱い、この縁に付けては、物をばかり思うよ。ひどく尊くいらっしゃったあたりに、仏を導として、後の世をばかり契ったのに、心汚い末の違い目に、思い知らせるのだ」

とぞ思われる。右近を召し出して、

「あった様子もはかばかしく聞かず、なお、尽きずに浅ましく、儚いので、忌の残りも少なくなりました。過ぎてから、と思っていましたが、静め合えず物したのです。どのような心地でか、お亡くなりになったのですか」

とお問いになるのに、「尼君なども、様子は見ていたので、ついに聞き合わせなさるだろうのを、なかなか隠しても、事が違って聞こえるのに、損なわれそうだ。不思議なことの筋にこそ、虚言も思い巡らしつつ慣れていた。こんなに真面目な御様子に差し向かい申し上げては、かねて、と言おう、これを言おうと、設けた言葉をも忘れ、煩わしく」思えたので、あった様子の事どもを申し上げた。

浅ましく、思いかけない筋であるのに、物もとばかり仰らない。

「さらにあるまいと思われるなあ。並べての人の思い言うことをも、この上なく言少なに、穏やかだった人が、どうしてそのような仰々しいことは思い立つべきだろうか。どのような様子に、この人々は、持て成して言うのだろうか」

と御心も乱れ増しなさるけれど、「宮も思い嘆いた様子、ひどく著しく、事の有様も、そのように素知らし作った気配は、おのずから見えるべきなのを、このようにいらっしゃったにつけても、悲しく悲しいことを、上下の人が集まって泣き騷ぐのを」と、お聞きになると、

「御供に具して失せた人はあるか。なお、あった様子を確かに言え。我をおろかに思いして背きなさることは、よもないだろうと思う。どのようである、たちまちに、言い知らないことがあってか、そのような業はしなさるだろう。我は信じられない」

と仰ると、「ますます、やはりそうだ」と煩わしくて、

「おのずからお聞きになったでしょう。もとよりお思いになる様子でなくお生い出でになった人の、世離れした御住まいの後は、いつとなく物をばかりお思いになるようでしたが、たまさかにもこのようにお渡りになるのを、お待ち申し上げなさるのに、もとよりの御身の嘆きをさえ慰めなさりつつ、心のどかな様子で、時々もお見申し上げなさるべき様には、いつしかとばかり、言葉に出しては仰らないけれど、思い渡しなさるようだったのを、その御本意が叶うべき様子に承る事どもがありましたのに、こうして仕える人どもも、嬉しいことに思いなさり急ぎ、あの筑波山も、辛うじて心行った様子で、お渡りになることを営み思いなさっていたのに、心得ない御消息がありましたのに、この宿直し仕える者どもも、女房たち騷がしいそうだ、など、戒め仰せられることなど申して、物の心得ず荒々しいのは田舎人どもの、不思議な様子に取り成し申し上げる事どもがありましたのを、その後、久しく御消息などもありませんでしたのに、心憂い身だとばかり、幼かったほどから思い知るのを、人数にどうして見なそうかとばかり、万事に思い扱いなさる母君の、なかなかな事の、人笑われになっては、どのように思い嘆くのだろう、など思い向けて、常に嘆きなさっていました。

その筋より他に、何事かと、思いなさり寄るのに、堪えません。鬼などに隠し申し上げるとも、少し残る所もあるそうですのに」

と言って、泣く様子も悲しいので、「どのようなことか」と紛れていた御心も失せて、堰き合えなさらない。

「我は心に身をも任せず、顕証な様子に持て成された有様なので、心もとなしと思う折も、今近くて、人の心置くまじく、目安い様子に持て成して、行く末長くを、と思いのどめつつ過ごしていたのを、おろかに見なしなさったのこそ、なかなか分くる方があった、と思われます。

今は、このようにさえ言うまいと思うけれど、また人の聞けばこそあろう。宮の御事よ。いつからあり始めたのだろう。そのようなのに付けてか、ひどく片端に、人の心を惑わしなさる宮なので、常に相見申し上げない嘆きに、身をも失いなさった、と思う。なお、言え。我には、さらに隠すな」

と仰ると、「確かにこそは聞いなさっていたのだ」と、ひどく痛々しくて、

「ひどく心憂い事をお聞きになったのにこそあるのでしょう。右近も仕えない折はありません物を」

と眺め安らって、

「おのずからお聞きになったでしょう。この宮の上の御方に、忍んでお渡りになったのを、浅ましく思いかけないほどに、入りいらっしゃったけれど、悲しい事を申し上げさせまして、お出でさせてしまいました。それに懼ぢなさって、あの不思議にあった所にはお渡りになったのです。

その後、音にも聞こえまい、と思いなさって止んでいたのを、どうしてお聞かせなさったのだろう。ただ、この如月頃から、訪れ申し上げなさるでしょう。御文は、ひどく度々ありましたが、御覧じ入れることもありませんでした。ひどく勿体なく、情けなくある様子になどぞ、右近など申し上げさせたので、一度二度か申し上げさせなさったでしょう。それより他のことは御覧になっていません」

と申し上げさせる。

「このように言おうよ。強いて問うのも痛々しく」て、つくづくとうち眺めつつ、

「宮を珍しくあはれと思い申し上げても、我が方をさすがにおろかに思わなかったほどに、ひどく明らむる所なく、儚げであった心で、この水の近いのを便りにて、思い寄るのだろうよ。我がここに差し放ち据えなかったなら、ひどく憂き世に経ても、どうしてか、必ず深い谷をも求め出そう」

と、「ひどく憂い水の契りだな」と、この川が疎ましく思われること、ひどく深い。年ごろ、あはれと思い始めた方で、荒い山路を行き帰りしたのも、今は、また心憂くて、この里の名をさえ聞くまい心地しなさる。

「宮の上の、仰せ始めた、人形と付け始めたさえ忌々しく、ただ、我が過ちに失った人だ」と思い持ってゆくには、「母のなお軽々しいほどで、後の後見もひどく不思議に、事を削いでしなしていたようだ」と心行かず思っていたのを、詳しくお聞きになるのに、

「どのように思うのだろう。それほどの人の子としては、ひどく目出度かった人を、忍んでいたことは必ずしも知らないで、我が縁にどのようなことがあったのだろう、とぞ思うのだろうよ」

など、万事に痛々しく思われる。穢れということはあるまいけれど、御供の人目もあるので、お上りにならず、御車の榻を召して、妻戸の前にぞおいでだったのも、見苦しいので、ひどく茂い木の下に、苔を御座にて、しばらくおいでだった。「今はここを来て見ようことも心憂かるべく」とばかり、見巡らしなさって、

私もまた、この憂き古里を荒れ果てさせてしまったら、誰が宿り木の蔭を偲ぶだろうか。

阿闍梨は、今は律師であった。召して、この法事のことを置いてさせなさる。念仏僧の数添えなどせさせなさる。「罪ひどく深い業」と思われると、軽めるべきことをぞすべき、七日七日に経仏を供養すべき旨など、細かに仰って、ひどく暗くなったのに帰りなさるのも、「もしあったなら、今宵帰るだろうか」とばかり。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第52冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。