第7帖 紅葉賀 / 第11場面
紫の君に慰められる
あらすじ・人物・読み方
思い沈む源氏は西の対の紫の君のもとで笛と琴を教え、膝で眠る姫君を見捨てられず外出を取りやめます。噂は葵の上や帝の耳にも入り、帝は「どんな隈に隠れ歩くのか」と源氏をいとおしがります。
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つくづくと物思いに臥せっていても遣る方ない心地がするので、いつものように慰めには西の対へお渡りになる。無造作に毛羽立った鬢の毛先、寛いだ袿姿で、笛を慕わしく吹き鳴らしながら覗かれると、女君〔紫の君〕は、先ほどの花が露に濡れたような心地で寄り臥していらっしゃる様子が、可愛らしく可憐である。愛嬌がこぼれるようで、いらっしゃいながら早くお渡りにならないのが何となく恨めしかったので、いつもと違い背を向けていらっしゃるのであろう。〔源氏は〕端の方に座って、「こちらへ」とおっしゃるが、素知らぬ顔で、「入りぬる磯の」と口ずさんで口を覆っていらっしゃる様子が、ひどく色っぽくて可愛らしい。〔源氏は〕「まあ、憎らしい。そんな事を口にするようになりましたね。海松布のように人を飽きさせるのは良くないことですよ」と言って、人を呼んで御琴を取り寄せ、〔姫君に〕お弾かせ申し上げなさる。
「箏の琴は、中の細い弦が切れやすいのが厄介だ」と言って、平調に下げて調弦なさる。調子合わせの小曲だけ弾いてお渡しになると、いつまでも拗ねてもいられず、とても可愛らしくお弾きになる。小さいお身体で手を差し伸べ、弦を揺らすお手つきがとても可愛らしいので、愛しくお思いになって、笛を吹き鳴らしながらお教えになる。とても賢くて、難しい調子などをたった一巡で習い取られる。何事にも才のある御性質を「思っていた通りになる」とお思いになる。「保曾呂俱世利」という曲は名は憎いけれど、見事にお吹きになるのに合わせて、〔姫君も〕まだ幼いけれど拍子を違えず上手らしくある。
大殿油が灯り、絵などを御覧になっていると、「お出ましになるはず」と〔予定が〕あったので、人々が咳払いで合図し申し上げて、「雨が降ってきそうです」などと言うと、姫君はいつものように心細く塞ぎ込んでいらっしゃった。絵を見るのもやめて俯いていらっしゃるので、とても可憐で、御髪が見事にこぼれ掛かっているのを掻き撫でて、「離れている間は寂しいですか」とおっしゃると、頷かれる。「私も一日もお目にかからないのはひどく辛いのですが、まだお幼いうちは安心だと思って、まず、ひねくれて嫉妬する人の心を損ねまいと思い、面倒なので、しばらくはこうして出歩くのですよ。大人と見なすようになったら、他所へは決して行きません。人の恨みを負うまいと思うのも、長くこの世にあって、思いのままにお目にかかりたいと思うからですよ」などと、細々と言い聞かせ申し上げなさると、さすがに恥ずかしくて何ともお答え申し上げにならない。そのままお膝に寄りかかって眠ってしまわれたので、ひどくいじらしく思って、「今夜は出ないことになった」とおっしゃると、皆が立って御膳などをこちらへお運びした。姫君をお起こし申し上げて「出ないことになった」と申し上げなさると、機嫌を直してお起きになった。一緒にお食事をなさる。ほんの少しお箸をつけて、「では、お休みなさいませ」と不安そうにお思いになるので、こんな方を見捨てては、どんな用向きでも出かける気になれない。
このように引き止められる折々も多いのを、自然と漏れ聞いた人が大殿〔葵の上〕に申し上げたので、「誰なのでしょう。とても目障りなことですわ」「今まで誰とも知れず、そんなにまつわり戯れたりする人は、上品で奥ゆかしい人ではありますまい」「宮中辺りでふと見初めたような女を、大げさにもてなして、人が咎めるかと隠していらっしゃるのでしょう。分別なく幼い人だと聞こえますから」などと、仕える女房たちも噂し合っていた。内裏〔帝〕にも、そんな人がいるとお耳に入って、「気の毒に、大臣が思い嘆いているそうだ」などと仰せになるが、〔源氏は〕恐縮した様子でお答えも申し上げないので、「気に入らないようだ」と気の毒にお思いになる。「その一方では好色らしく振る舞って、ここに見える女房にしろ、あちこちの女たちにしろ、並々でない仲だと見えたり聞こえたりするようだが、どんな人目のない隈に隠れ歩いて、こう人に恨まれることをしているのだろう」と仰せになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第7冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。