ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第7帖 紅葉賀 / 第12場面

源典侍の扇

あらすじ・人物・読み方

色好みと評判の老女官・源典侍に、源氏は扇を取り替えて歌を詠みかけます。「君し来ば手なれの駒に」の歌に源氏は笹と駒で切り返し、その様子を障子越しに見た帝に笑われます。頭中将も典侍に言い寄ります。

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帝は御年を召されたけれど、こうした方面〔女性関係〕には無関心ではいられず、采女や女蔵人でも容貌・気立ての良い者を格別にもてなし目を掛けていらっしゃったので、風情のある宮仕え人の多い頃である。ちょっとした事でもお言葉を掛けられれば、知らん顔をする者はめったになく、見慣れたせいだろうか、「なるほど不思議に好色でいらっしゃらない」と、試しに冗談を言いかけたりする折もあるが、〔帝は〕恥をかかせない程度に軽くあしらって、本気でお乱れにならないのを、「真面目で物足りない」と思い申し上げる女房もいる。ひどく年老いた典侍で、人柄は重々しく才気もあり高貴で評判も高いながら、たいそう色めいた性分で、その方面では軽いところがあるのを、〔源氏は〕「こんなに年を取るまで、どうしてそんなに乱れるのだろう」と興味深くお思いになり、冗談を言いかけて試みられると、〔典侍は〕不釣り合いとも思わなかった。呆れたこと、とお思いになりながら、やはりこういう女も面白くてお話などなさったが、人が漏れ聞くとしても年老いた年齢なので、冷たくあしらっていらっしゃるのを、女はひどく辛いと思っていた。

〔典侍が〕主上の御髪梳りに伺候していたのが終わったので、主上は御袿係の者をお召しになってお出になった後、ほかに人もなく、この典侍がいつもより小綺麗に、姿も髪の具合も艶っぽく、装束も着こなしもたいそう派手で好ましく見えるのを、「何と古めかしい若作りだ」と苦々しく御覧になる一方で、「どんな気でいるのだろう」とやはり見過ごしがたく、裳の裾を引いて注意を促されると、川蝙蝠の扇に言いようもなく派手な絵を描いたものを顔に差し隠して振り返った目元は、ひどく流し目をしているが、瞼はげっそりと黒く落ち窪み、髪はひどくほつれて逆立っている。

〔源氏は〕「似つかわしくない扇の様子だな」と御覧になり、御自分の持つ扇と取り替えて御覧になると、赤い紙で顔に映るほど色濃く、木高い森の絵を金泥で塗り潰してある。端の方に、筆跡はひどく古びているが風情がなくもなく、「森の下草が老いてしまったので」などと書き流してあるのを、「ほかに書くこともあろうに、嫌な趣向だ」と微笑みながら、「『森こそ夏の』と見えるようですね」と言って、あれこれおっしゃるのも不釣り合いで、人が見つけるかと気が気でないのに、女はそうとも思わず、あなたがいらっしゃるなら、手なれた馬に秣を刈って飼ってあげましょう。盛りを過ぎた下葉ではありますけれど。と詠む様子は、この上なく色気がある。笹を分け入って逢いに行けば、人が咎めるでしょう。いつも大勢の馬を手なずけているという森の木陰では、厄介ですからね。と言ってお立ちになるのを袖に取りすがって、「まだこんな辛い思いをしたことはございません。今さら身の恥に」と言って泣く様子が、たいそう大げさである。〔源氏は〕「そのうちお便りをしましょう。気には掛けていますよ」と言って振り切ってお出になるのを、懸命にすがって「橋柱です」と恨みごとを言うのを、主上はお着替えが済んで、御障子の間から覗かせていらっしゃった。「似つかわしくない仲だな」とたいそう面白くお思いになって、「好色心がないと、いつも困った様子だったが、それでも見過ごさなかったのだな」と言ってお笑いになると、典侍は少し恥ずかしいけれど、憎からぬ人のためなら濡れ衣さえ着たがる類もあるからだろうか、たいして弁解も申し上げない。女房たちも「思いがけない事だわ」と取り沙汰するらしいのを、頭中将が聞きつけて、「隈なく行き届くこの私が、まだ思い寄らなかった事よ」と思うと、尽きない好色心を試したくなって、〔典侍に〕言い寄ったのであった。〔典侍は〕この君〔頭中将〕も人より格別なので、「あの冷たい方〔源氏〕の気晴らしに」と思ったが、本当に会いたかった人は限られていたとか。何という選び好みだろう。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第7冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。