第7帖 紅葉賀 / 第13場面
温明殿の密会と頭中将の闖入
あらすじ・人物・読み方
夕立の宵、琵琶を弾く源典侍のもとを源氏が訪れた夜、様子を窺っていた頭中将が太刀を抜いて踏み込みます。源氏は相手が中将と見破って着物を脱がせ合い、二人は破れた衣のまま歌を詠み交わして退出します。
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現代語で読む
〔頭中将の言い寄りは〕ひどく秘密にしているので、源氏の君は御存じない。〔典侍が源氏を〕見つけてはまず恨み言を申し上げるので、年の程も可哀想で慰めてやろうとお思いになるが、どうにも億劫で、ひどく日数が経ってしまったところ、夕立があって名残の涼しい宵の紛れに、温明殿の辺りを歩き回っていらっしゃると、この典侍が琵琶をとても見事に弾いている。御前などでも男方の管弦に交わるほど、この人に勝る人のない名人なので、恨み言を言いたい気分でいた折から、ひどくしみじみと聞こえてくる。「瓜作りになってしまおうかしら」と、声はとても美しく歌うのが、少し気に食わない。「鄂州にいたという昔の人も、こんなに趣があったのだろうか」と耳を留めてお聞きになる。弾き終えて、ひどく思い乱れている様子である。君が「東屋」を小声で歌ってお近づきになると、「押し開いていらっしゃい」と後を続けて歌うのも、普通とは違う心地がする。
訪れて濡れる人もいない東屋に、嫌にこんなにも掛かる雨垂れですこと。と嘆くのを、自分一人だけが恨まれ負う筋ではないが、「嫌になるな、何をどうしてここまで」と思われる。人妻は、ああ面倒なもの。東屋の真屋のあまりにも、馴れ親しむまいと思いますよ。と言って通り過ぎたくなるけれど、「あまりに素っ気なくは」と思い直し、相手に合わせて少し軽妙な冗談などを言い交わし、これも珍しい体験だ、とお思いになる。
頭中将は、この君〔源氏〕がひどく真面目ぶって、いつも非難なさるのが癪で、何食わぬ顔で密かに通う所が多そうなのを、「何とか暴いてやろう」とばかり思い続けていたところ、これを見つけた心地は、とても嬉しい。「こんな折に少し脅かし申し上げて、肝を冷やさせて、懲りたかと言ってやろう」と思って、油断させ申し上げる。
風が冷たく吹いて、次第に夜も更ける頃、少し寝入ったかと思われる様子なので、静かに入って来ると、君は安心しては寝られない気持ちなので、ふと聞きつけて、この中将とは思いもよらず、「まだ未練があるという修理大夫だろう」とお思いになると、年配の人に、こんな不似合いな振る舞いをして見つけられるのは恥ずかしいので、「ああ、面倒だ。帰りますよ。蜘蛛の振る舞いで合図は分かっていたはずなのに。ひどいな、騙しなさったのですね」と言って、直衣だけを取って屏風の後ろにお入りになった。中将は可笑しさを堪えて、引き回してある屏風の元に寄り、ばたばたと畳み寄せて大げさに騒がせると、典侍は年老いているがひどく上品ぶって艶めいた人で、前々にもこうして肝を冷やした折々があったので、慣れてはいてもひどく気が動転しながら、「この君をどうなさってしまうのか」と辛さに、震え震え、しっかりと〔源氏を〕引き留めている。「誰とも知られずに出てしまいたい」とお思いになるが、だらしない姿で冠などを曲げて走る後ろ姿を思うと、「まことに醜態だろう」と躊躇なさる。
中将は「どうにか自分と知られまい」と思って、何も言わず、ただひどく怒った様子を作って太刀を引き抜くと、女は「あなた様、あなた様」と向かって手を擦り合わせ、危うく笑い出してしまいそうになる。好ましく若作りして振る舞う上辺だけはまあ見られるが、五十七、八歳の人が着物を崩して物を言い騒ぐ有様が、見事な二十代の若者たちの間にあって怖がっているのは、ひどく不似合いである。このように別人のように装って恐ろしげな様子を見せるが、かえってはっきり見破られなさって、「私と知ってわざとやっているのだな」と馬鹿らしくなった。「あの男だな」とお分かりになると、とても可笑しいので、太刀を抜いた腕を掴まえてひどくおつねりになると、〔中将は〕悔しいながらも堪えきれず笑ってしまった。
〔源氏は〕「本当に正気の沙汰かね。冗談も大概に。さあ、この直衣を着よう」とおっしゃるが、しっかり掴まえて決してお放し申し上げない。「それなら一緒に」と言って中将の帯を引いて解き、お脱がせになると、脱ぐまいと抵抗するのをあれこれ引っ張り合ううちに、綻びはぼろぼろと切れてしまった。中将は、隠している浮き名も漏れ出てしまうでしょう。引っ張り合ってこんなに綻びてしまった、二人の仲の衣から。君は、隠しようもない仲だと知りながら夏衣を着るようなことをするとは、そのお心の薄さにあきれますよ。と言い交わして、恨みっこのないだらしない姿に引き破られて、皆お出になった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第7冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。