ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第10場面

若君の誕生

あらすじ・人物・読み方

葵の上の容態が急変し、物の怪が源氏に言葉を伝えます。その声は御息所のものでした。やがて若君が無事に生まれますが、御息所の苦悩は深まります。

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現代語で読む

大袈裟な様子ではなく、どことなく、月日をお過ごしになる。大将殿〔源氏〕も、常にお見舞い申し上げなさるけれど、勝る方〔葵の上〕がひどくお悩みなので、お心の暇もなさそうである。

まだそのような時期でもないと、皆人も気を緩めていらしたところ、急にご様子があって、お悩みになるので、ひどく厳しいご祈祷を、数を尽くしておさせになるけれど、例の執念深い物の怪が一つ、決して動かず、身分の高い験者どもも、珍しいことだと手を焼く。さすがに、たいそう調伏されて、心苦しそうに泣きわびて、「少し緩めてください。大将に申し上げるべきことがあります」とおっしゃる。「やはりそうか。訳があるのだろう」と言って、近くの御几帳のもとにお入れ申し上げた。全く最期の様子でいらっしゃるので、申し置きたいこともおありだろうかと、大臣も宮も少しお退きになった。加持の僧どもが、声を静めて法華経を誦誦しているのが、たいそう尊い。

御几帳の帷子を引き上げて拝見なさると、たいそう美しい様子で、お腹はたいそう高くて臥せっていらっしゃる様子は、他人でさえ、拝見すれば心が乱れるだろう。まして〔源氏が〕惜しく悲しくお思いになるのは、もっともである。白いお召し物に、色合いがたいそう華やかで、お髪がとても長く豊かなのを、引き結んで添えているのも、「こうしてこそ、可愛らしく優雅な方が加わって美しかったのだ」と見える。お手を取って、「ああ、たいそうな。辛い目をお見せになるなあ」と言って、何も申し上げられずお泣きになると、普段はたいそう面倒くさく恥ずかしげなお目もとを、とても力なく見上げて、見つめ申し上げなさると、涙がこぼれる様子をご覧になるのは、どうして哀れが浅かろうか。

あまりひどくお泣きになるので、「心苦しい親たちのことを思い、また、このようにご覧になるにつけて、残念にお思いになるのだろう」とお思いになって、「何事も、あまりこのようにお思い入れなさいますな。とはいえ悪くはございませんまい。どうであっても、必ず逢う瀬があるので、対面はあるでしょう。大臣や宮なども、深い契りのある仲は、巡っても絶えないので、相見る時期があるでしょうとお思いなさい」と、お慰めになると、「いいえ、そうではありません。身の上のたいそう苦しいのを、しばし休めてくださいと申し上げようというのです。このように参り来ようとも決して思わないのに、物思いする人の魂は、本当にさまよ出るものなのですね」と、懐かしげに言って、

嘆きわびて空に乱れる私の魂を、結び留めてください。下着の褄で。とおっしゃる声も、様子も、その人ではなく、変わっていらっしゃる。「たいそう怪しい」と思い巡らすと、ただ、あの御息所だった。あきれることに、人があれこれ言うのを、良くない者どもの言い出すことも、聞き苦しくお思いになって、おっしゃり消すのを、目の前に見ながら、「世には、このようなことがあるのだ」と、疎ましくなった。

「そのようにおっしゃるけれど、誰だとは知らない。確かにおっしゃい」とおっしゃると、ただそれであるご様子に、あきれるのは世の常である。人々が近くに参るのも、そばにいて心苦しくお思いになる。少しお声も静まりなさったので、隙がおありかと、宮がお湯を持ってお寄せになると、掻き起こされて、ほどなくお生まれになった。うれしくお思いのことは限りないのに、人に乗り移っていらした物の怪どもが、妬み惑う様子が、たいそう騒がしくて、後の事は、またたいそう心配である。

言う限りない願どもをお立てになるためか、平らかに事が終わったので、山の座主や、あれこれ身分の高い僧どもが、したり顔に汗を拭いながら、急いで退出した。多くの人の心を尽くした日ごろの名残が、少し落ち着いて、「今は大丈夫だろう」とお思いになる。ご修法などは、またまた始め加えおさせになるけれど、まずは、興があり、珍しいお世話に、皆人が緩んだ。院をはじめ申し上げて、親王たち、上達部、残りない産養どもが、珍しく厳かであるのを、夜ごとに見て騒ぐ。男でさえいらっしゃるので、その時期の作法は、賑やかで立派である。

あの御息所は、このようなご様子をお聞きになっても、並々ならず。「以前は、たいそう危ういと聞こえたのを、平らかにもまた」と、内心お思いだった。怪しく、自分でもないご体調を思い続けると、お召し物なども、ただ芥子の香に染み返った怪しさに、お湯が参り、お召し物の着替えなどなさって、試みなさるけれど、やはり同じようにばかりあるので、我が身ながらでさえ疎ましく思われるのに、まして、人が言い思うことなど、人におっしゃるべきことではないので、心一つに思い嘆くうちに、ますますお心の変わりようも増していく。大将殿〔源氏〕は、体調が少し落ち着いていらして、あきれたほどの問わず語りも、心苦しく思い出されながら、「たいそう時が経ったのも心苦しく、また近くで拝見しようには、どうだろうか。疎ましく思われるだろうのを、その人のため気の毒に」と、万事にお思いになって、お文ばかりがあった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。