ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第9場面

生き霊の夢

あらすじ・人物・読み方

御息所は、自分の魂が体を離れてさまよう夢を繰り返し見ます。生きたまま霊となって恨みを残すことの罪深さを思い、源氏への思いを断とうとします。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

大殿では、物の怪がひどく起こって、たいそうお悩みである。「この生き霊は、亡き父大臣の御霊などと言う者がある」とお聞きになるにつけて、思い続けると、「自分一人の憂い嘆きのほかに、人を悪くあれなどと思う心もないけれど、物思いにさまよなる魂は、そういうこともあるだろう」と思い知らされることもある。

長年、万事に思い残すことなく過ごしてきたけれど、このようにも砕けないのを、はかないことの折に、人が思い消ち、ないもののように扱う様子だった御禊の後、一節に思い浮かれてしまった心が、鎮まりがたく思われるためか、少しうとうとなさる夢には、あの姫君〔葵の上〕と思われる人が、とても清らかな所に行きて、あれこれ引き探り、現実にも似ず、猛く荒い一途な心が出て来て、掴みかかるなど見えなさることが、度重なった。

「ああ、心苦しい。確かに、身を捨てて、行ってしまったのか」と、正気でなく思われなさる折々もあるので、「そうでないことでさえ、人のためには、良い様子のことを言い出さない世の中であるから、ましてこれは、たいそう上手く言いなすことができる口実だ」と思うと、たいそう名立たしく、「ひたすら世に亡くなって、後に恨みを残すのは世の常のことだ。それでさえ、人の上では、罪深く不吉なのに、現実のわが身ながら、そのような疎ましいことを言いつけられる宿命の辛いこと。すべて、つれない人にどうして心もかけ申し上げまい」と思い返すけれど、思うのも物憂いのである。

斎宮は、去年内裏にお入りになるはずだったのを、さまざまの障りがあって、この秋お入りになる。九月には、やがて野宮にお移りになるはずなので、二度の御祓の急ぎが、重なってあるはずなのに、〔御息所は〕ただ怪しくぼんやりとして、つくづくと臥せって悩んでいらっしゃるのを、宮人たちは、たいそうな大事として、ご祈祷など、さまざまにお仕えする。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。