ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第11場面

葵の上の急逝

あらすじ・人物・読み方

産後の葵の上は回復しきらず、源氏は若君の愛らしさに慰められます。しかし除目の夜、大殿の人目の少ない折に、葵の上は急に息を引き取ります。

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ひどくお悩みだった方のご名残が不吉で、心の緩みなく、誰もがお思いなので、もっともなことで、お出歩きもない。やはりたいそう苦しそうにばかりなさるので、例の様子でもまだ対面なさらない。若君のたいそう立派に見えるご様子を、今から、たいそう格別にお世話申し上げなさる様子は、並々ではなく、釣り合った心地がして、大臣もうれしく素晴らしく思い申し上げなさるのに、ただ、このご体調が回復し切らないのを、心配にお思いながらも、「あれほど大変だった名残であろう」とお思いになって、どうして、それほどまで心を惑わされるだろうか。

若君のお目もとの愛らしさなどが、東宮にたいそうお似せ申し上げているのを、拝見なさっても、まず、恋しく思い出させなさるので、堪えがたくて、参上なさろうとして、「内裏などにもあまり久しく参上しませんので、鬱々として、今日は初めて出仕いたしますのを、少し身近なところで申し上げたいのです。あまりに疎遠なお心の隔てですこと」と、お恨み申し上げると、「確かに、ただひたすら艶にのみあるべきお仲でもないのに、ひどく衰えていらっしゃると言いながら、物越しになどあるべきでしょうか」と言って、臥せっていらっしゃる所に、お座を近く参上したので、入って物など申し上げなさる。お返事は、時々申し上げなさるのも、やはりたいそう弱げである。それでも、全く亡き人と思い申し上げたご様子を思い出すと、夢の心地がして、不吉だったほどのことどもなど申し上げるついでにも、あの全く息も絶えたようにいらしたが、引き返し、つぶつぶとおっしゃったことどもを思い出すと、心苦しいので、「さあ、申し上げたいことはとても多いけれど、まだたいそう力なくお思いでしょうから」と言って、「お湯を差し上げよ」などまで、お世話申し上げなさるのを、いつお慣れになったのだろうと、人々はしみじみ申し上げる。

たいそう美しい方が、ひどく弱り損なわれて、あるかないかの様子で臥せっていらっしゃる様子は、たいそう可愛らしく心苦しい。お髪の乱れた筋もなく、はらはらとかかる枕のあたりが、稀なほどに見えるので、「長年、何事を飽きないことがあって思い続けたのだろう」と、怪しいほど見つめていらっしゃる。「院などに参上して、とても早く退出しましょう。このようにして、心配なく拝見できれば嬉しいでしょうに、宮がずっといらっしゃるので、具合が悪いかと、遠慮して過ごしてきたのも苦しいのを、やはり次第に心強くお思いになって、例のお座所にこそ。あまり若くおもてなしになるので、一方では、このようにもしていらっしゃるのです」などと、申し置きなさって、たいそう清げに装ってお出になるのを、常よりは目を留めて、見送って臥せっていらっしゃった。

秋の司召があるはずの決まりで、大殿も参内なさるので、君達も慰労や希望なさることがあり、殿の側をお離れにならないので、皆が引き続いてお出になった。殿の中が、人少なに静かなところに、急に例のお胸をせき上げて、たいそうひどくお苦しみになる。内裏にお知らせ申し上げる間もなく、お絶えになってしまった。足を空にして、誰も彼も、退出なさったので、除目の夜だったけれど、このような止むを得ないご障りなので、皆が事が破れたようである。騒ぎ立てるほど、真夜中頃なので、山の座主や、あれこれの僧都たちも、お呼びに応じきれない。今は大丈夫だろうと、思い緩めていたのに、あきれることなので、殿の中の人は、物に当たる。あちこちのお見舞いの使いなどが、立ち込めているけれど、聞き届けられず、揺り満ちて、たいそうな心の惑いどもが、とても恐ろしいほどに見える。

物の怪がたびたび取り入ってしまったことをお思いになって、お枕などもそのままに、二、三日拝見なさるけれど、次第にお変わりになることどもがあるので、最期かと、思い果てるほど、誰も彼もたいそう悲しい。大将殿は、悲しいことに、事を加えて、世の中をたいそう憂わしいものに思い染みてしまったので、並々ならぬご辺りのお見舞いどもも、心苦しいとばかり、すべてお思いになる。院に、思い嘆き、お見舞い申し上げさせなさる様子が、かえって面目立たしいのに、うれしい折も混じって、大臣はお涙の暇もない。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。