ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第13場面

弔いの文と時雨の訪問

あらすじ・人物・読み方

御息所から弔いの文が届き、源氏は返歌を送ります。法事も過ぎ、喪に籠もる源氏のもとへ頭中将が訪れ、時雨の空に歌を交わします。

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現代語で読む

あの御息所は、斎宮が左衛門の司にお入りになったので、ますます厳しいお清まりを名目にして、お便りもお通いにもならない。憂わしいと思い染みた世も、すべてが厭わしくおなりになって、「このような足かせさえ添わなかったなら、願わしい様子にもなっただろう」とお思いになると、まず対の姫君〔紫の君〕が、物足りなくしていらっしゃるだろう様子が、ふと思いやられる。

夜は、お帳台の中に一人お臥せになるのに、宿直の人々は近くを取り巻いてお仕えするけれど、傍らが寂しくて、「折しもあれ」と寝覚めがちであるところ、声の優れた人ばかりを選んでお仕えさせになる念仏が、明け方など、堪えがたい。「深い秋の哀れが増していく風の音が、身にしみるなあ」と、慣れないお独り寝に明かしかねていらっしゃる朝ぼらけの霧が渡っているところに、菊の色味のある枝に、濃い青鈍の紙の文を付けて、差し置いて行ってしまった。「今風にも」と言って、ご覧になると、御息所のお筆である。

「申し上げない間は、お察しくださるでしょうか。人の世を哀れと聞くにも涙が多いのに、後に残る袖を思いやってください。ただ今の空に思い余っております」とある。「常よりも優雅にお書きだなあ」と、さすがに置きがたくご覧になるけれど、「つれないお見舞いだ」と心苦しい。かといって、書き絶えて音沙汰なく申し上げないのも気の毒で、人のお名が朽ちてしまうだろうことを思い乱れる。

「亡くなった人は、どうであれ、そうなるべきでいらしたのだろうに、どうしてそのようなことを、はっきりと際立って見聞きしたのだろう」と悔しいのは、わがお心ながら、やはり思い直すことができないようである。「斎宮のお清まりも煩わしいだろうか」などと、長く思い悩みなさるけれど、「わざわざあるお返事がなければ、情けなくはないか」と言って、紫の鈍色の紙に、「格別に時が経ってしまいましたが、思いは怠らずながら、慎んでいる時期は、それなら、お察しくださるでしょうと思いまして。留まる身も、消えた身も同じ露の世に、心を置くであろう時期ほどはかないものはありません。一方では思い消ちなさいますよう。ご覧にならないかと思い、誰にも」と申し上げた。

里にいらっしゃる時期だったので、忍んでご覧になって、ほのめかしていらっしゃる様子を、心の鬼にはっきりご覧になって、「やはりそうか」とお思いになるのも、たいそう悲しい。「やはり、たいそう限りない身の憂さであることよ。このような噂があって、院にもどうお思いになるだろう。亡き前坊が、同じご兄妹という中でも、たいそう思い交わし申し上げさせなさって、この斎宮のことも、丁寧に言いつけさせなさったので、『その御代わりにも、やがて拝見してお世話しよう』などと、常に仰せになって、

『やがて内裏住まいをなさい』と、たびたび申し上げさせなさったことでさえ、たいそうあってはならないことと、思い離れていたのに、このように心ならずも若々しい物思いをして、とうとう憂き名まで流し果ててしまうだろうこと」と、思い乱れるのに、やはり例の様子にもいらっしゃらない。

それは、大方の世の中について、心憎く教養のある評判があって、昔から名高くいらっしゃるので、野宮へのお移りの時期にも、面白く今風なことを多くなさって、「殿上人どもの好ましいことなどは、朝夕の露を分けて歩くのを、その頃の役目にする」などお聞きになっても、大将の君は、「もっともなことだ。教養は飽くまでおありなのに。もし、世の中に飽き果ててお下りになったなら、物足りなくもあるだろうなあ」と、さすがにお思いだった。

ご法事などは過ぎたけれど、正日までは、やはり籠もっていらっしゃる。慣れないお徒然を、心苦しくお思いになって、三位中将はいつも参りながら、世の中のお話など、真面目なことも、また例の乱れたことも申し上げ出しては、お慰め申し上げるのに、あの内侍〔源典侍〕が、微笑みなさる種にはなるようだ。大将の君は、「ああ、気の毒に。お祖母様のお方、あまり軽んじなさいますな」とお諌めになるけれど、いつも面白いとお思いだった。あの十六夜の、はっきりしなかった秋のことなど、言うまでもなく、さまざまの色恋沙汰を、互いに隈なく言い表しなさる。果て果ては、哀れな世を言い合って、泣いたりなどもなさっていた。

時雨が降って、物哀れな夕方、中将の君は、鈍色の直衣、指貫に、薄く衣替えして、たいそう立派に鮮やかに、心恥ずかしい様子で参りなさった。君〔源氏〕は、西の端の高欄に寄りかかって、霜枯れの前栽をご覧になる頃だった。風が荒く吹き、時雨がさっと降るほど、涙も争う心地がして、「雨となり雲となってしまったのか、今は知らない」と、独り言を言って、頬杖をついていらっしゃるご様子は、「女であったら、見捨てて亡くなる魂も必ず留まるだろう」と、色めいた心地に、見つめられながら、近くに座っていらっしゃると、くつろいで乱れていらっしゃる様子ながら、紐だけをお直しになる。

雨となって時雨れる空の浮雲を、どちらの方と分けて眺めましょうか。行き方もありません。「行き方もありません」と、独り言のようなのを、

見た人が雨となってしまった雲居でさえ、ますます時雨に掻き暮らす頃です。とおっしゃるご様子も、浅くないほどはっきり見えるので、「怪しいことに、長年はそれほどでもないお志を、院などが、居並んでおっしゃらせ、大臣のおもてなしも心苦しく、大宮のお方の方へ、離れるべきでないなど、方々に差し合っているので、振り捨てることもおできにならず、物憂げなご様子ながら、過ごしていらっしゃるようだと、気の毒に見える折々があったけれど、本当に、身分高く重い方は、特別に思い申し上げていらしたようだ」と見知ると、ますます口惜しく思われる。万事について光が失せた心地がして、屈して臥せっていた。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。