第9帖 葵 / 第5場面
御息所への思慕と紫の君の髪削ぎ
あらすじ・人物・読み方
車争いを聞いた源氏は御息所を気の毒に思いますが、対面はかないません。祭見物の日、二条院では紫の君の髪を削ぎ、歌を交わします。
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現代語で読む
祭の日は、大殿では見物なさらない。大将の君〔源氏〕は、あのお車の場所争いを、物真似して申し上げる人があるので、「たいそう気の毒で辛い」とお思いになって、「やはり、惜しいことに重々しくていらっしゃる方が、物事に情けが遅れ、真っ直ぐなところがおありのあまりに、ご自身はそれほどお思いでなかったろうけれど、このような間柄は情けを交わすべきものともお思いでないご方針にしたがって、次々に良くない人がさせたのだろう。御息所は、心ばえのたいそう奥ゆかしく、教養があっておられる方なのに、どれほど思い悩まれたことか」と、気の毒に思って、参上なさったけれど、斎宮がまだ元の宮〔御息所の邸〕にいらっしゃるので、榊の憚りを名目にして、気安くも対面なさらない。もっともだとは思いながら、「どうして、このように互いにそばにいながらよそよそしくていらっしゃるのか」と、独り言をおっしゃる。
今日は、二条院に離れていらして、祭見物に出かけなさる。西の対にお渡りになって、惟光に車のことをお命じになった。「女房は出立したか」とおっしゃって、姫君〔紫の君〕がとても可愛らしく着飾っていらっしゃるのを、微笑んで拝見なさる。「君は、さあいらっしゃい。一緒に見ましょう」と言って、お髪が常よりも清らかに見えるのを、掻き撫でなさって、「久しくお削ぎになっていないようだが、今日は、良い日だろう」と言って、暦の博士を召して、時刻を問わせなどなさる間に、「まず、女房は出なさい」と言って、童女の姿が面白げなのをご覧になる。とても可愛らしい髪どもの裾を、華やかに削ぎ渡して、浮紋の表の袴にかかるほどが、際立って見える。「君のお髪は、私が削ごう」と言って、「困った、場所が狭いな。どう伸びていくのだろう」と、削ぎかねていらっしゃる。
「とても長い人も、額髪は少し短いようだが、全く遅れた筋がないのは、あまりに情けがないだろう」と言って、削ぎ終えて、「千尋」とお祝い申し上げるのを、少納言は、「ああ、ありがたい」と拝見する。
計り知れない千尋の底の海松の房のように、伸びゆく末は私だけが見届けましょう。と申し上げると、
千尋などと、どうして分かるでしょう。定めもなく満ち干する潮のように、穏やかでないのですから。と、何かに書きつけていらっしゃる様子は、利発でありながら、若くて面白いのを、立派だとお思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。