第9帖 葵 / 第6場面
祭りの日の源典侍
あらすじ・人物・読み方
葵祭の日、源氏は場所を譲ってくれた女車の主に扇で応えます。その主は源典侍でした。歌の応酬の後も、典侍の思いは収まりません。
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現代語で読む
今日も、場所もなく立ってしまった。馬場の御殿のあたりに立つのに苦労して、「上達部の車どもが多くて、騒がしいあたりだな」と、躊躇っていらっしゃると、立派な女車が、ひどく乗りこぼれた所から、扇を差し出して、人を招き寄せて、「こちらにお立ちになりませんか。場所をお譲り申し上げましょう」と申し上げた。「どのような好色者だろう」とお思いになって、場所もなるほど良いあたりなので、引き寄せさせなさって、「どうしてお取りになった場所ですか、羨ましくて」とおっしゃると、趣のある扇の端を折って、
ああ、はかないこと。人々が挿頭にする葵のために、神のお許しのある今日を待ち続けたことよ。「注連の内には」とある筆跡を思い出すと、あの典侍だった。「あきれたことに、年老いているのに今風だな」と、憎さに、みっともなく、
挿頭にしたその心が、むなしく思われます。八十氏人の皆に、等しく逢う日であるのに。女は、「つれない」と思い申し上げていた。
悔しくも挿頭にしたことよ。名ばかりで、人を頼みにさせる草葉ばかりを。と聞こえる。人と相乗りして、簾さえお上げにならないのを、不快に思う人が多かった。
「一昨日のご様子が立派だったのに、今日は乱れてお歩きだな。誰だろう。乗り並ぶ人は、悪くはないようだ」と、推し量り申し上げる。「競うまでもない、挿頭争いだな」と、物足りなくお思いになるけれど、このようにとても厚かましい人は、人の相乗りしていらっしゃるのに遠慮して、はかないお返事も、気安く申し上げるのも、眩しいほどである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。