ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第7場面

御息所の苦悩と葵の上の物の怪

あらすじ・人物・読み方

伊勢へ下るか都に留まるか、御息所は思い乱れます。一方、大殿では葵の上が物の怪に悩み始め、源氏は修法を行わせます。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

御息所は、物思いに乱れることが、長年よりも多く加わった。つらい方に思いを果たしていらしたが、今はと言って振り切って〔伊勢へ〕下ってしまえば、「たいそう心細いことだろうし、世間の人の聞くところも物笑いになること」とお思いになる。かといって留まるべきお気持ちになるには、「このように格別な様子で皆が思いくたすようであるのも、心安らかではなく、釣りをする海人の浮きのようだ」と、起きても臥しても思い悩むためか、ご体調も浮ついたように思われて、苦しんでいらっしゃる。

大将殿〔源氏〕には、〔伊勢へ〕下りなさることを、「もて離れてはならないこと」などとも、お妨げ申し上げにならず、「数ならぬ身を、見苦しくお思い捨てになるのももっともだけれど、今はなお、罪深い身であっても、最期までご覧に入れましょうか、浅くはないでしょう」と、申し上げ続けておられるので、決めかねていらしたお心も慰むかと、お出になった御禊の川の荒かった瀬に、ますます、万事がたいそう憂わしく思い入っていらっしゃる。

大殿では、物の怪のようになって、ひどくお悩みなので、誰も彼も思い嘆くのだが、お出歩きなど不便な頃なので、二条院にも時々お渡りになる。とはいえ、身分の高い方は、特別にお思い申し上げている方の、珍しいこと〔懐妊〕まで加わったご病気なので、心苦しく思い嘆いて、ご修法や何やらを、ご自分の方で、多く行わせなさる。

物の怪や、生霊などというものが多く出て来て、さまざまの名乗りをする中で、人に決して移らず、ただご自身のお身にぴったりと添った様子で、とりわけ大袈裟に苦しめ申し上げることもないけれど、また、片時も離れる折もないものが一つある。立派な験者どもにも従わず、執念深い様子で、並の物ではないと見えた。

大将の君のお通いの所を、あちらこちらと思い当てるのに、「この御息所、二条の君などばかりは、並の様子ではお思いでなかっただろうから、恨みの心も深かろう」と囁いて、物などをお問いになるけれど、さほど言い当てることもない。物の怪といっても、わざわざ深いお恨みと聞こえるものもない。亡くなったお乳母のような人、あるいは親のお方について伝わったものが、弱いところに出て来たなど、はっきりしないものが乱れ現れる。ただつくづくと、声を上げてばかりお泣きになって、折々は胸をせき上げながら、たいそう堪えがたそうに苦しむ様子をなさるので、どうなってしまうのかと、不吉に悲しく思い慌てていらっしゃる。

院からも、お見舞いが絶え間なく、ご祈祷のことまでお心にかけなさる様子のありがたさにつけても、ますます惜しまれる方のお身である。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。