ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第9帖 葵 / 第8場面

仮住まいへの訪問と文の応酬

あらすじ・人物・読み方

修法のため仮住まいする御息所を、源氏が忍んで訪ねます。その後の文の応酬で、二人はなお思いの浅からぬことを確かめ合います。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

世の中が広く惜しみ申し上げるのをお聞きになっても、御息所は並々ならずお思いになる。長年はそれほどでもなかった〔葵の上への〕対抗心を、はかなかった場所の車争いで、人のお心が動いたのを、あの殿〔左大臣〕では、それほども思い寄らなかったのだ。このような物思いの乱れに、ご体調が、なお例ならずお思いなので、ほかに移っていらして、ご修法などをおさせになる。大将殿〔源氏〕がお聞きになって、どのようなご体調かと、気の毒に、お思い立ってお渡りになった。

例のない旅所なので、ひどく忍んでいらっしゃる。心ならずも怠ったことなど、罪が許されないだろうと申し上げ続けておられて、悩んでいらっしゃる方のご様子も、嘆き申し上げなさる。「私自身はそれほど思い入れはしませんが、親たちがひどく大袈裟に思い惑っているのが心苦しくて、このような折を見過ごそうというのです。万事をお思い静めたお心であれば、たいそううれしいでしょう」などと、語らい申し上げなさる。常よりも心苦しげなご様子を、もっともなことと、しみじみ拝見なさる。

打ち解けない朝ぼらけに、お出になるご様子の美しさにも、やはり振り切ってしまうことは思い返される。「身分の高い方に、ますますお志が加わるようなことも出て来たので、一方にお思い静まりになるのを、このようにお待ち申し上げ続けていようのも、心だけが尽きてしまうこと」と、かえって物思いに目覚めさせられる心地がなさる所に、お文だけが、夕方にある。

「日ごろ、少し回復した様子だった体調が、急にひどく苦しそうでございますのを、引き良くすることができずに」とあるのを、「例の口実」と、ご覧になるけれど、

袖が濡れる恋路と、かつては知りながら、田に下り立つ田子の身の上こそ辛いことです。「『山の井の水』ももっともなこと」とある。「お筆は、やはり多くの人の中で優れているよ」とご覧になりながら、「どうしてまあ、ある世の中かな。心も容貌も、それぞれに捨てることもできず、また思い定めることもできないのを」と苦しくお思いになる。

お返事は、ひどく暗くなってしまったけれど、人は浅瀬に下り立つのだろうか。私の方は、身も濡れそぼつほど深い恋路なのに。「袖だけが濡れるのでしょうか、どうして。浅くないお気持ちでしょう。並々でなく、このお返事を、ご自身で申し上げなさいますな」などとある。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第9冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。