ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第10帖 賢木 / 第10場面

諒闇の新年

あらすじ・人物・読み方

年が改まっても世は静かで、源氏は籠もりがちです。御匣殿が尚侍となり朧月夜は時めきますが、源氏の忍び通いはなお絶えません。

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現代語で読む

年が改まったけれども、世の中は今めかしいこともなく静かである。まして大将殿は、物憂くて籠もっていらっしゃった。除目のころなど、院の御代では言うまでもなく、例年と劣る区別もなく、御門の辺に、所狭しと立ち込んでいた馬や車も薄らいで、宿直物の袋もほとんど見えず、親しい家司どもばかりが、特に急ぐこともなさそうにしているのを御覧になるにつけても、「これからは、こういうものか」と自然に思われて、興醒めなことである。

御匣殿〔朧月夜〕は、二月に、尚侍におなりになった。院のお気に入りで、やがて尼におなりになった方の、替わりであった。重々しくもてなされ、人柄もたいそうよくていらっしゃるので、大勢参集なさる中でも、抜きん出て時めいていらっしゃる。后〔弘徽殿大后〕は、お里下がりがちでいらっしゃって、参上なさる時の御局は梅壺となさっていたので、弘徽殿には尚侍の君がお住まいになる。登花殿が埋もれていたのが、晴れ晴れとして、女房なども数知れず集まり参って、今めかしく華やいでいらっしゃるが、お心のうちは、思いもかけなかったことどもを忘れがたくお嘆きである。たいそう忍んでお通いになることは、なお同じ様子であるようだ。「世間の噂もあったらどうなることか」とお思いになりながら、例のご性分なので、今にもお志が増すようにお見えである。

院がいらっしゃった御世こそ憚っていらっしゃったが、后のお心は素早くて、あれこれと思い詰めていらっしゃったことどもの報いをしよう、とお思いになるようである。事に触れて、体裁の悪いことばかりが出て来るので、こうなるべきこととはお思いだったが、見知らない世の中のつらさに、立ち向かうべくもお思いになれない。

左の大殿〔左大臣〕も、興醒めなお気持ちでいらっしゃって、特に宮中にも参上なさらない。故姫君〔葵の上〕を、引き退けて、この大将の君にお与え申されたお心を、后は根に持っていらっしゃって、好ましくも思い申し上げなさらない。大臣同士のお仲も、もとよりよそよそしくていらっしゃるのに、故院の御代には我がままにしていらっしゃったのが、時が移って、したり顔でいらっしゃるのを、つまらないとお思いなのは、道理である。

大将は、以前と変わらずお渡り通いになって、お仕えの人々をも、かえって細やかにお心にかけなさって、若君〔夕霧〕を大切に思い申し上げていらっしゃることは、限りないので、しみじみと有り難いお心と、ますますいたわって申し上げることどもは、同じ様子である。限りないご寵愛が、あまりに物騒がしいほど、暇なさそうにお見えだったのが、お通いだった所々も、あれこれと絶えてしまうことがあり、軽々しいお忍び歩きも、つまらなくお思いになって、特になさらないので、たいそうのどやかに、今こそ望ましいご様子である。

西の対の姫君〔紫の上〕のご幸福を、世間の人もお褒め申し上げる。少納言なども、人知れず、「故尼君のお祈りの験」と拝見する。父親王〔兵部卿宮〕も思いのままにお便りを交わしなさる。正腹のお方で、限りなくとお思いになる方は、はかばかしくもうまく行かないのに、妬ましいことが多くて、継母の北の方は、心安からずお思いでいらっしゃるようだ。物語にわざわざ作り出したようなご様子である。

斎院は、御喪服でお退きになっていたので、朝顔の姫君は、替わりにお就きになっていた。賀茂の斎院には、孫王がお就きになる例は、多くもなかったけれど、ふさわしい女の御子がいらっしゃらなかったのだろうか。大将の君は、年月が経っても、なおお心が離れていらっしゃらなかったのに、こう身分違いのことにおなりになったので、残念だとお思いになる。中将のお宅にお訪ねになることも、同じことで、お手紙などは絶えないようだ。昔と変わるご様子などを、特には何ともお思いにならず、このようなはかないことどもを、紛らわすこともないままに、あちらこちらと思い悩んでいらっしゃった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第10冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。