ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第10帖 賢木 / 第14場面

藤壺、出家を思し立つ

あらすじ・人物・読み方

藤壺は東宮のためにも出家を決意し始めます。参上した東宮と言葉を交わし、髪を下ろした姿を冗談めかして語る場面では、なお美しい尼姿が思い描かれます。

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「どこを顔としてか、またもお目にかかることができましょう。おいたわしいとお察しするだけです」とお思いになって、お手紙も申し上げなさらない。すっかり絶えて、宮中にも、東宮のところにも参上なさらず、籠もっていらっしゃって、起きても臥しても、「ひどかった人のお心だなあ」と、人聞き悪く恋しく悲しいのに、心魂も失せてしまったのであろうか、苦しくさえお思いになる。何となく心細く、「どうしたことか、世に生き長らえれば憂さが増すばかりだ」と、お思い立ちになるには、この女君〔紫の上〕がたいそう愛らしくて、しみじみとお頼み申し上げていらっしゃるのを、振り捨てることは、まことに難しい。

宮〔藤壺〕も、その余韻で、普段にもお見えにならない。このようにわざとらしく籠もって、お訪ねもなさらないのを、命婦などはおいたわしがり申し上げる。宮も、東宮のためにとお思いになるには、「お心残りなさることが、おいたわしく、世をつまらないものと思い詰めなさって、一途にお思い立ちになることもあろうか」と、そうはいっても苦しくお思いになるようだ。

「このようなことが絶えないようでは、ますますひどい世の中で、憂い噂まで漏れ出てしまうだろう。大后が、あるまじきこととおっしゃるという御位をも去ってしまおう」と、だんだんお思いになる。院がお思いでおっしゃせになったご様子が、並々でなかったのをお思い出すにつけても、「万事は、以前のようでもなく、変わってゆく世の中であるらしい。戚夫人の見たであろう目のようにはでなくとも、必ず、人笑いになることは、あるはずの身であるらしい」などと、世の中が疎ましく、過ごしがたくお思いなので、お背きになることをお決めになるにつけて、東宮を、お見申し上げないでお顔が変わってしまうことが、しみじみとお思いになるので、忍びやかにお出ましになっていた。

大将の君は、そうでないことでさえ、思い寄らないことなくお仕え申し上げるのに、御気分が苦しいことにかこつけて、お見送りにも参上なさらない。大方のご見舞いは、同じ様子であるけれども、「まったく、思い屈してしまった」と、心を知る者同士は、おいたわしがり申し上げる。

宮〔東宮〕は、たいそう美しく成人なさって、珍しく嬉しいとお思いになって、睦まじくしていらっしゃるのを、愛しいと拝見なさるのにも、お思い立ちの筋はまことに堅いけれども、宮中の辺りを御覧になるにつけても、世の有様は、しみじみとはかなく、移り変わることばかりが多い。

大后のお心もたいそう面倒で、このように出入りなさるのにも、体裁が悪く、事に触れて苦しいので、宮〔東宮〕のためにも危うく恐ろしく、万事につけて思い乱れて、「御覧にならないで、長く経つうちに、容貌が違う様子に情けなく変わっておりましたら、どうお思いになるでしょうか」と申し上げなさると、御顔をじっと見つめなさって、「式部のようになど。どうして、そのようにおなりなされましょうか」と、笑っておっしゃる。言いようもなくしみじみとして、「それは、年老いておりますので醜いのです。そうではなくて、髪はそれよりも短くて、黒い衣などを着て、夜居の僧のようになっておりましたら、お目にかかることも、ますます長くならないことでしょう」といってお泣きになるので、真面目になって、「長くいらっしゃらないのは、恋しいものを」といって、涙が落ちるので、恥ずかしいとお思いになって、そうはいってもお背きになっていらっしゃる、御髪はゆらゆらと美しくて、目元が懐かしげに匂い立っていらっしゃるご様子は、お年を召されるままに、まさにあのお顔〔故桐壺更衣〕を脱ぎ捨てなさったようである。御歯が少し朽ちて、口の中が黒ずんで、微笑んでいらっしゃる薫りの美しいのは、女として拝見したいほど清らかである。「とても、こうまでお似せになっていらっしゃることが、心憂い」と、玉の瑕とお思いになるのも、世の煩わしさが、空恐ろしくお感じになるからであった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第10冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。