ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第10帖 賢木 / 第15場面

雲林院の参籠

あらすじ・人物・読み方

秋、源氏は北山の雲林院に参籠します。紅葉の野山に故人を思い、紫の上と歌を交わして、二、三日を過ごします。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

大将の君は、宮〔藤壺〕をたいそう恋しく思い申し上げなさるけれども、「あきれるほどのお心のほどを、時々は、思い知るようにもお見せ申し上げよう」と、堪えながらお過ごしになるうちに、人聞き悪く、所在なくお思いになるので、秋の野も御覧になるかたがた、雲林院にお詣りなさった。

「故母御息所の御兄の律師が籠もっていらっしゃる坊で、法文などを読み、修行をしよう」とお思いになって、二、三日いらっしゃると、しみじみとしたことが多かった。

紅葉がだんだん色づき渡って、秋の野がたいそう艶めかしい様子などを御覧になって、旧里もお忘れになってしまいそうにお思いになる。法師たちの、才のある限りを召し出して、論議をさせてお聞きあそばされる。場所柄、ますます世の中の無常をお思い明かしになっても、なお、「憂き人こそ」と、自然に思い出される押し明け方の月影に、法師たちが閼伽をお供えするといって、からからと鳴らしながら、菊の花や、濃い薄いの紅葉などを、折り散らしているのも、はかない様子だが、「この方々の営みは、この世も所在なさそうでなく、後の世はまた、頼もしそうである。それなのに、つまらない身の上を悩むことよ」などと、お思い続けなさる。律師が、たいそう尊い声で、「念仏の衆生は摂取して捨て給わず」と、唱えながら修行していらっしゃるのは、たいそう羨ましいので、「どうしたことか」とお思いになるにつけて、まず、姫君〔紫の上〕のことが心にかかって思い出されなさるのは、まことに悪いお心であることよ。

例のない日数も、気がかりにばかりお思いなので、お手紙だけは、頻繁に申し上げていらっしゃるようである。「離れて行くことができないかを、試みてみる旅ですが、所在なさも慰めがたく、心細さが増しております。聞きかけたことがあって、滞在しておりますが、ご様子はいかがでしょうか」などと、陸奥紙に打ち解けてお書きになったのまでも、見事である。浅茅の生えた露の宿りにあなたを置いて来て、四方の嵐が吹くので、心が静まりません。などと、情愛の濃やかな文面に、女君もお泣きになってしまった。お返事は、白い色紙に、風が吹けば、まず乱れるのです。色の変わる浅茅の露にかかっている蜘蛛の糸のように。とだけあって、「お筆跡はたいそう興趣深くばかり上達なさるものだなあ」と、独り言を言って、愛らしいと微笑みなさる。

いつも書き交わしていらっしゃるので、ご自分の筆跡にとてもよく似て、今少し艶めかしく、女らしい所をお書き添えになっていた。「何事につけても、悪くなく育て上げたものだなあ」とお思いになる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第10冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。