第10帖 賢木 / 第20場面
朧月夜からの文
あらすじ・人物・読み方
初時雨のころ、朧月夜から待ちわびた歌が届きます。源氏は唐の紙を選り出して、情のこもった返事をしたためます。
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大将は、頭の弁が口ずさんでいたことを思うにつけて、ご自身のお心の鬼に、世の中が煩わしくお感じになって、尚侍の君にもお訪ね申し上げることもなく、長くなってしまっていた。
初時雨が、いつしかと気配を立てるころに、どうお思いだったのか、あの方から、木枯らしが吹くにつけても、お待ちしている間に、気がかりな日々ばかりが経ってしまいました。と申し上げていらっしゃった。折も情趣深く、無理に忍んでお書きになっていらっしゃるであろうお心ばえも、憎からず思われるので、御使いを留めさせて、唐の紙どもをお入れになっていた御厨子をお開けさせになって、並々でないものをお選び出しながら、筆なども格別におひきつくろいになるご様子が、艶やかなのを、御前の人々は、「どなたほどの方へのものでしょう」と推し量り合う。「申し上げさせても、甲斐ないものの懲りように、まったくうちひしがれてしまいました。わが身ばかりが物憂い日々に、お会いしないで堪えているこのごろの涙をも、世間並みの空の時雨とでも御覧になるのでしょうか。心が通い合うならば、どんなに眺めの空も物忘れができましょう」などと、情愛濃やかになっていた。
このように驚かせ申し上げる類は多いようだけれど、情けなくなく返事をしなさって、お心には深くは染まらないようだ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第10冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。