第10帖 賢木 / 第21場面
故院の国忌と法華八講
あらすじ・人物・読み方
十一月一日、故桐壺院の国忌に歌を交わし、十二月の法華八講の結願の日、藤壺は人々の驚きの中、髪を下ろして出家します。
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現代語で読む
中宮は、院の御命日のことに続けて、御八講の準備をあれこれとお心遣いあそばされていた。
霜月の朔日ごろ、御国忌であるところに、雪がひどく降っていた。大将殿から宮に申し上げなさる。お別れした今日は巡って来たけれども、見知っていた人〔故院〕に、行き逢う時を、いつと頼みにできるでしょうか。どこでも、今日は物悲しく思われる日柄で、お返事がある。生き長らえている間は憂いけれども、巡り巡って、今日はその御代に逢う心地がします。特に繕ってもいないお書きぶりだけれども、上品で気高いのは思いなしであろう。筆の筋が変わり今めかしくはないけれど、人より格別にお書かせになっていた。今日は、この御事も思い消えて、情趣ある雪の雫に濡れながら修行なさる。
十二月十日過ぎごろ、中宮の御八講である。たいそう尊い。日々にご供養あそばされる御経をはじめ、玉の軸、羅の表紙、帙簀の飾りも、世にない様子にお整えさせになっていた。そうでないことの清らかさでさえ、世の常でなくていらっしゃるのだから、まして道理である。仏の御飾りや、花机の覆いなどまで、まことの極楽が思いやられる。初めの日は、先帝の御ため。次の日は、母后の御ため。またの日は、院の御ため。五巻の日にあたるので、上達部なども、世間の遠慮をそうまで憚りなさらず、たいそう大勢参上なさっていた。今日の講師は、格別にお選ばせになっていたので、「薪こる」の頃から唱え始め、同じように言う言葉も、たいそう尊い。親王たちも、あれこれの捧げ物を捧げて巡りなさるのに、大将殿のご用意などは、なお似るものがない。いつも同じことのようであるけれど、拝見するたびごとに、新鮮に感じられるのを、どうしようもない。
結願の日、ご自身のことを結願として、世をお背きになる旨を、仏にお申し上げさせになるのに、皆人々が驚きなさった。兵部卿宮や、大将のお心も動いて、あきれるほどだとお思いになる。
親王は、半ばのところでお立ちになって、お入りになってしまった。心強くお思い立ちの様子をおっしゃって、終わるころに、山の座主をお召しになって、戒を受けるべき旨をおっしゃる。御伯父の横川の僧都が、近くに参上なさって、御髪をお下ろしになるころには、宮の中が揺れるほど、恐ろしくも泣き声に満ちていた。何ということもない年老いて衰えた人でさえ、いよいよと世を背く折は、不思議にしみじみとした業であるのに、まして、以前からご様子にもお出しになっていなかったことなので、親王もひどくお泣きになる。
参上なさっていた人々も、大方の事の様子も、しみじみと尊いので、みな、袖を濡らしてお帰りになっていた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第10冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。