第10帖 賢木 / 第25場面
源氏一派の不遇
あらすじ・人物・読み方
藤壺の宮人たちも源氏の一派も昇進から漏れ、左大臣は致仕して籠もります。一族だけが栄える世に、源氏は頭中将と静かに交わりを続けます。
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現代語で読む
司召のころ、この宮〔藤壺〕の人々は、賜るべき官も得ず、大方の道理でも、宮の御推挙でも、必ずあるべき加階などをさえしなかったりして、嘆く類がたいそう多かった。こうであっても、いつしかと御位をお去りになり、御封などが止まるべきでもないのに、ことにかこつけて変わることが多かった。みなかねてお思い捨てになっていた世の中であるけれど、宮人どもも、拠り所なさそうに悲しいと思っている様子どもにつけても、お心が動く折々はあるけれど、「わが身を無きものにしても、東宮の御代が平かにお過ごしなさるならば」とだけお思いながら、ご修行を怠りなくお勤めさせになる。
人知れず危うく恐ろしく思い申し上げさせなさることがあるので、「私にその罪を軽くして、お宥しください」と、仏をお念じ申し上げになるにつけて、万事をお慰めになる。大将も、そのように拝見なさって、道理だとお思いになる。この邸の人々も、また同じ様子で、つらいことばかりあるので、世の中を体裁悪くお思いになって、籠もっていらっしゃる。
左の大臣も、公私すっかり変わった世の有様に、物憂くお思いになって、致仕の表をお上げになるのを、帝は、故院が重々しく重いご後見とお思いになって、長き世の固めと申し置きになったご遺言をお思い召されるにつけて、捨てがたいものに思い申し上げていらっしゃるのに、甲斐ないことと、たびたびお用いさせにはならなかったけれど、せめて押し返し申されて、籠もってしまわれた。
今は、ますます一族だけが、繰り返し栄えなさること、限りない。世の重しとしていらっしゃった大臣が、このように世をお逃げになったので、朝廷も心細く思われ、世の人も、心ある限りは嘆いたことであった。
御子たちは、いずれともなく人柄が穏やかで世に用いられて、心地よさそうにしていらっしゃったのが、この上なく静まって、三位中将なども、世の中を思い沈んでいる様子は、この上ない。あの四の君のことも、なお、絶え絶えにお通いになりながら、目覚ましいほど冷たくもてなされていたので、心解けた御婿のうちにもお入れにならない。思い知れということなのか、この度の司召にも漏れてしまったけれど、たいそう思い入れもしない。
大将殿が、こう静かでいらっしゃるのに、世ははかないものと見えてしまったのを、まして道理だと、お思い直しになって、常に参り通っていらっしゃりながら、学問も遊びもご一緒になさる。昔も、物狂わしいほどに、競い申し上げていらっしゃったことをお思い出になって、お互いに今もはかないことにつけながら、そうはいっても競っていらっしゃった。
春秋の御読経は言うまでもなく、臨時にも、あれこれ尊い事どもをおさせになったりして、また、いたずらに暇がありそうな博士どもを召し集めて、漢詩作りや韻塞ぎなどのような慰み事などもしながら、心を遣って、宮仕えもほとんどなさらず、お心に任せて遊んでいらっしゃるのを、世の中では、煩わしいことどもをだんだん言い出す人々もあるようだ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第10冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。