第10帖 賢木 / 第7場面
伊勢への出立
あらすじ・人物・読み方
斎宮は帝に別れの櫛を挿していただき、夕闇の中を伊勢へ出立します。二条院の前で源氏が榊に歌を添え、翌日、関の向こうから返歌が届きます。
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現代語で読む
奥ゆかしく風雅なお人柄の方なので、見物の車が多い日である。申の時に宮中に参内なさる。
御息所は、御輿にお乗りになるにつけても、父大臣が限りない地位にと望んで、大切にかしずきお育てになった境遇が、うって変わって、晩年に宮中を御覧になるにつけても、感慨は尽きず、しみじみとお思いになる。十六歳で故春宮にご入内なさり、二十歳で先立たれ申される。三十歳で、今日また宮中を御覧になるのであった。昔のことを、今日は思い出すまいと堪えていたけれど、心のうちでは悲しく思われてならない。
斎宮は、十四歳におなりであった。たいそう愛らしくいらっしゃるご様子を、立派にお仕立て申されたのが、恐いほど美しくお見えになるのを、帝は、お心が動いて、別れの御櫛をお挿しになる折、まことに心揺さぶられて、涙をお流しあそばされた。
ご出立をお待ち申し上げるといって、八省の辺に立て並べたお供の車の袖口や、色合いも、見馴れない意匠で、奥ゆかしい様子なので、殿上人たちも、私に別れを惜しむ者が多かった。
暗くなってからご出発になって、二条大路から洞院の大路へお曲がりになる折、二条の院の前であるので、大将の君は、まことにしみじみと感じられて、榊の枝に結んで、私を振り捨てて今日は行ってしまわれても、鈴鹿川を渡る時に、八十瀬の波に袖は濡らさないでいらっしゃれますか。とお申し上げになったが、たいそう暗く、何かと慌ただしい折なので、翌日、逢坂の関の向こうからお返事がある。鈴鹿川の八十瀬の波に、袖が濡れるか濡れないか。伊勢まで、誰が思いを寄せてくださるでしょうか。
言葉数少なくお書きになっているが、ご筆跡はいかにも風情があって優美なので、「あはれな様子をもう少し添えていただけたならば」とお思いになる。
霧がひどく降りこめて、いつもと違って感じられる朝方に、物思いに耽りながら独り言を言っていらっしゃる。あの方の行った方角を眺めていましょう。今年の秋は、逢坂山を霧よ、隔てないでおくれ。
西の対にもお渡りにならず、誰のせいというのでもなく、何とはなく寂しげに物思いに耽ってお過ごしになる。まして、旅の空では、どれほどお心を尽くすことが多かったであろうか。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第10冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。