ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第13帖 明石 / 第11場面

紫の上の返歌

あらすじ・人物・読み方

源氏は明石の君のもとへ忍び通う一方、紫の上への文は例より細やかになる。夢語りを添えた源氏の文への紫の上の返歌二首に、源氏は胸を打たれる。

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現代語で読む

ほのかな気配は、伊勢の御息所〔六条御息所〕によく似ている。何心もなく打ち解けていたのを、このように思いもよらず、たいそう無理に、近くの局の内に入って、どう閉め固めたのか、たいそう強固な扉を、無理には開けようとなさらない様子である。けれど、そうばかりもどうしてあろうか。

人柄は、たいそう気品があって、すらりとして、心恥ずかしい様子をしている。このように強引な契りを思うにつけても、浅からず哀れである。御心ざしの近さが勝るのだろう、常は嫌な夜の長さも早く明けた心地がするので、「人に知られまい」とお思いのも心慌ただしくて、細かに語らい置いてお出かけになった。

御文は、たいそう忍んで今日はある。無益な御心の鬼だろうか。ここでも、このようなことをどうにか漏らすまいと包んで、御使いを大げさにももてなさないのを、胸痛く思っている。

こうして後は、忍んで時々おいでになる。「間も少し離れているのに、自然と物言いの悪い海人の子でも入り混じるだろうか」とお思い憚る様子を、「それだからよ」と思い嘆いたのを、「げに、どうなるだろう」と、入道も極楽の願いを忘れて、ただこの御様子を待つことにする。今さら心を乱すのも、たいそう気の毒な様子である。

二条の君〔紫の上〕が風のつてにも漏れ聞きなさることは、「戯れでも、心の隔てがあったと、思い疎まれ申し上げるだろう、心苦しく恥ずかしく」思われるのも、強引な御心ざしのほどであるよ。「このような方のことを、さすがに心に留めてお怨みになった折々、どうして、筋のない戯れごとにつけても、そのように思われ申し上げたのだろう」などと取り返したく、人のありさまを見なさるにつけても恋しさの慰む方がないので、例よりも御文を細やかにお書きになって、「本当は、自分ながら心の外である等閑事で、疎まれ申し上げた節々を、思い出すだけでも胸が痛いのに、また、怪しく物儚い夢を見ました。こう申し上げる問わず語りに、隔てない心のほどはお思い合わせください。『誓ったことも』」などと書いて、

「何事につけても、しおしおとまず泣けてくる。かりそめの見る目〔海藻〕は海人の戯れであるけれど。」とある御返事を、何心なく可愛らしく書いて、

「忍びかねた御夢語りにつけても、思い合わせられることが多いのを、隔てなくも思っていたことだなあ、契ったことを。松より波は越えないものだと。

穏やかなものながら、ただならずほのめかしなさったのを、たいそう哀れに、置きかねるように見なさって、名残が久しく、忍びの旅寝もなさらない。

女〔明石の君〕は、思いがはっきりしたので、今こそ本当に身も投げ出せそうな心地がする。

「行く末が短そうな親ばかりを頼もしいものとして、いつの世に人並みになるべき身と思わなかったけれど、ただとりとめなく過ごした年月は、何事を心をも悩ましたのだろう、このようにひどく物思いがましい世にあったのだ」と、かねて推し量り思ったよりも、万事に悲しいけれど、穏やかにもてなして、憎からぬ様子にお見え申し上げる。

哀れとは月日に添えてお思いになるが、やむごとなき方〔紫の上〕が、心配で年月を過ごしなさり、ただならず思い起こしなさるだろうのが、たいそう心苦しいので、独りで臥しがちに過ごしなさる。

絵をさまざま描き集めて、思うことどもを書きつけて、返事を聞くべき様子に仕立てなさった。見る人の心に染みるに違いないものの様子である。どうしてか、空に通う御心だろう、二条の君も、物哀れに慰む方がなく思われる折々、同じように絵を描き集めなさって、そのまま御自分のありさまを日記のようにお書きになった。どんな御様子どもであろうか。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。