第13帖 明石 / 第12場面
懐妊と帰京の沙汰
あらすじ・人物・読み方
年が明け、都では帝の目病と后の物の怪が重なり、ついに源氏の赦免の宣旨が下る。明石の君には懐妊の兆しがあり、別れの日が迫ってゆく。
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現代語で読む
年が変わった。内裏に御薬のことがあって、世の中はさまざまに騒ぐ。当代の御子は、右大臣の娘、承香殿の女御の御腹に男御子がお生まれになって二歳におなりなので、たいそう幼い。春宮にこそお譲り申し上げなさるだろう。朝廷の御後見をし、世を治めるべき人をお思い巡らすに、この源氏がこのように沈みなさることは、たいそう惜しくあってはならないことなので、ついに后の御諌めに背いて、お赦しになるべき定めが出てきた。
去年より、后も御物の怪にお悩みになり、さまざまの物の兆しがしきりで騒がしいのを、ひどい御謹慎どもをなさる印だろうか、よろしくおいでだった御目の悩みさえこの頃重くなりなさって、物心細く思われるので、七月二十日過ぎの頃に、また重ねて、京へお帰りになるべき宣旨が下る。
終のことと思っていたけれど、世の無常につけても「どうなり果てるのだろうか」とお嘆きになるのを、このように急なので、嬉しさに添えても、またこの浦を今はと思い離れることをお嘆きになるにつけ、入道は、そうあるべきことと思いながら、聞くより胸が塞がって覚えるけれど、「思いのようにお栄えになればこそ、私の思いが叶うのであろう」などと、思い直す。
その頃は、夜ごとに離れず語らいなさる。六月頃より心苦しい様子があって悩んでいた。このようにお別れになるべき間なので意地悪くなるのだろうか、以前よりも哀れにお思いになって、「怪しく物思いすべき身でもあったのだな」とお思い乱れる。
女は、まして言わず思い沈んでいる。たいそうもっともなことだ。思いの外に悲しい道にお出でになったけれど、「終には行き巡って来るだろう」と、一方ではお思い慰めになった。
この度は嬉しい方の御出立で、「また帰り見るべきだろうか」とお思いになるにつけ、哀れである。
お仕えする人々は、それぞれにつけては喜び思う。京よりも御迎えに人々が参り、気持ちよさそうなのを、主人の入道は涙に暮れて、月も経った。
折も哀れな空の様子に、「どうしてか、自分の心から今も昔も、そぞろなことで身を彷徨わせるのだろう」と、さまざまにお思い乱れたのを、心を知る人々は、
「ああ憎い、いつもの御癖だ」と、拝見し申し上げてむっとしているようすである。
「月ごろは、露ほど人にも様子を見せず、時々は入り紛れなどなさったつれなさを」
「この頃、意地悪く、かえって、人の心尽くしだね」と、突き合う。少納言〔乳母〕が導いて申し出た初めのことなどを囁き合うのを、ただならず思っている。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。