第13帖 明石 / 第13場面
別れの琴
あらすじ・人物・読み方
帰京を明後日に控え、源氏は最後に岡辺の宿を訪れる。藻塩の煙の歌を交わし、琴と箏の調べに涙する夜、形見の和琴に中の緒の約束が結ばれる。
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現代語で読む
明後日ばかりになって、いつものようにひどく更かさないでお渡りになった。はっきりともまだ御覧になっていない容貌などを、「たいそう品よく、気高い様子で、目覚ましくもあったな」と、見捨てがたく口惜しく思われる。「そうあるべき様子にして迎えよう」とお思いになった。そのように語らい慰めなさる。
男の御容貌やありさまは、まして言うまでもない。年ごろの御修行にひどくお痩せになったのさえ、言いようなく立派な御様子で、心苦しそうな様子に涙ぐみながら哀れ深く契りなさるのは、「ただこれだけを、幸いにでも、どうして留まらないだろうか」とまで見えるようだが、立派なのにも自分の身のほどを思うのも、尽きない。波の声は、秋の風にはなお響きが格別である。塩を焼く煙がかすかにたなびいて、取り集めた所の様子である。この度は立ち別れても、藻塩を焼く煙は同じ方になびくだろう。とおっしゃると、掻き集めて海人の焚く藻の思いにも、今は甲斐ない恨みさえしまい。
哀れに泣いて、言葉少ななものながら、そうあるべき節の御応答など浅からず聞こえる。この、いつも聞きたがりなさる楽の音などを、まったく聞かせ申し上げなかったのを、ひどくお恨みになる。
「それでは、形見にも偲ぶばかりの和琴をせめて」とおっしゃって、京より持っておいでになった琴の御琴を取りに遣わして、心格別な調べをほのかに掻き鳴らしなさった、深い夜の澄んだのは、例えようがない。
入道は、堪えかねて箏の琴を取って差し入れた。自身も、ますます涙さえ誘われて留めるべき方もないのに誘われるのだろう、忍びやかに調えたほどは、たいそう上手らしくある。入道が宮〔姫君〕の御琴の音を、ただ今のまたとないものに思い聞いたのは、「今めかしく、ああ立派だ」と、聞く人の心が晴れて容貌さえ思いやられることは、げに、たいそう限りない御琴の音である。
これは飽くまで弾き澄まして、心にくく妬ましい音が勝っている。この御心にさえ、初めて哀れに懐かしく、まだ耳慣れなさっていない手つきなどを心苦しいほどに弾きかけながら、飽かず思われるにつけても、「月ごろ、どうして無理にでも聞き慣れさせなかったのだろう」と、悔しく思われる。心の限りに行く先の契りをばかりなさる。
「琴は、また掻き合わせるまでの形見に」とおっしゃる。女は、等閑に頼め置くような和琴を、尽きない音に掛けて偲びましょうか。言うともない口ずさみを、お恨みになって、逢うまでの形見に契る中の緒の調べは、格別に変わらないだろう。この音が違わないうちに、必ず逢い見ようとお頼みになるようだ。しかし、ただ別れるほどの堪えがたさを思い咽せているのも、たいそうもっともなことである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。