ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第13帖 明石 / 第5場面

入道と姫君

あらすじ・人物・読み方

入道は娘一人の将来に心を砕き、仏神に祈りを重ねる。源氏も姫君の並々でない気立てに惹かれながら表向きは慎みを保ち、姫君は身の程を思って源氏を遠く感じる。

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現代語で読む

やむことのなかった空の様子は、名残なく澄みわたって、漁をする海人どもが誇らしげである。須磨はたいそう心細く、海人の岩屋もまれであったのを、人家の多いのを厭いもなさったが、ここはまた様子が格別に趣あることが多くて、万事にお心が慰められる。

明石の入道は、修行に勤める様子がひどく澄みきっているのに、ただこの娘一人のことで煩っている様子を、たいそう傍らで痛々しいほどに、時々漏らして愁え申し上げる。御心にも、かねて風情があると聞いておられた人なので、「このように思いがけなく巡り合われたのも、しかるべき約束があるのだろうか」とお思いになりながら、「やはり、こう身を沈めている間は、修行より他のことは思うまい。都の人も、ただごとよりは、言ったことに違うと思うだろうのも心恥ずかしく」思われるので、様子に出しなさることはない。折に触れて、「気立てや様子が、並々でなくもあるのだな」と、見たく思われないのでもない。

ここでは畏まって、自分もめったに参らず、少し隔たった下の屋に控えている。それでいて、明け暮れ拝見したいと飽かず思い申し上げて、「思う心を叶えよう」と、仏や神をますます念じ申し上げる。

年は六十ほどになっているけれど、たいそう清らかで立派に、修行で痩せさらぼって、人の身の程の上品さゆえだろうか、少し僻んでぼんやりしたことはあるけれど、古いことも知っていて、物汚くなく、風雅なことも交じるので、昔物語などをさせてお聞きになると、少しは退屈の紛れになる。

長年、公私ともお暇がなくて、それほど聞いておられなかった世の古事どもを繰り出して、「このような所も人も、見なかったなら物足りなかったろう」とまで、興があるとお思いになることも交じる。

このようには馴れ申し上げるけれど、たいそう気高く心恥ずかしい御様子に、そうは言ったものの、つつましくなって、自分の思うことは心のままにも言い出し申し上げることができないのを、「心もとなく、口惜しい」と、母君と言い合わせて嘆く。

当の姫君は、「並の人でさえ、まともな者は見えない世界に、世にはこのような人もいらっしゃったのか」と拝見したにつけて、身の程が知られて、たいそう遠い存在に思い申し上げるのだった。親たちがこのように思い扱うのを聞くにつけても、「似つかわしくないことだな」と思うに、ただごとよりはしみじみと物哀れである。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。