ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第13帖 明石 / 第6場面

琴の調べ

あらすじ・人物・読み方

四月の夕月夜、源氏の弾く琴の音に岡辺の姫君の箏が応える。入道は、娘こそ延喜以来の御手を四代に伝える弾き手であることを涙ながらに明かす。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

四月になった。衣更えの御装束や御帳の帷子などを由緒ある様子に仕立てながら、万事にお仕えし営むのを、「気の毒で、身に余ることだ」とお思いになるが、人の様子があくまで思い上がった風の上品さに、お許しになってご覧になる。

都からも、しきりなお見舞いが、絶え間なく多かった。のどやかな夕月夜に、海の上が曇りなく見えわたるのも、住み馴れなさった故郷の池水と思い紛らわされなさるにつけ、言いようなく恋しいことが、どこへともなく行方のない心地がしなさって、ただ目の前に見やられるのは淡路島であった。

「ああと、遥かに」などとおっしゃって、ああと見る淡路島の哀れさまでも、残る隈なく澄んでいる夜の月よ。

長らく手に触れなさらなかった琴を袋から取り出しなさって、はかなく掻き鳴らしなさる御様子を、拝見する人も心穏やかでなく、哀れに悲しく思い合った。

「広陵」という曲を精一杯弾き澄ましなさると、あの岡辺の家でも、松の響きと波の音に合って、心の素地のある若い人は身にしみて思うようである。何とも聞き分けるはずのないあちらのこちらの卑しい人どもも、何となく心惹かれて、浜風を引き連れて歩いている。

入道も堪えかねて、供養法を中断して、急いで参った。

「まったく、背を向けた世の中も取り返して思い出してしまいそうです。来世に願っております所のありさまも、思いやられる夜の、様子ですこと」と泣く泣く、褒め申し上げる。

御自身のお心にも、折々の御遊び、その人あの人の琴や笛、あるいは声の出た様子に、時々に応じて世に褒められなさったありさま、帝をはじめとして大切にかしづき崇め申し上げられたのを、人の上も御自分の身のありさまも思い出されて、夢の心地がしなさるままに、掻き鳴らしなさる音も心寂しく聞こえる。

老いた入道は涙もとどめかねて、岡辺に琵琶と箏の琴を取りにやり、入道は琵琶の法師になって、たいそう面白く珍しい曲を一つ二つ弾いた。

箏の御琴が参ったので、少しお弾きになるのも、さまざまに素晴らしくばかり思い申し上げられた。たいそう、それほどでもない楽の音でさえ、時節がらこそ勝るものであるのに、はるばると物の滞りのない海の面であるので、かえって、春の花や秋の紅葉の盛りであるよりは、ただとりとめなく茂った木陰どもが艶やかで、水鶏の打ち叩いたのは、「誰の門を指して」と哀れに思われる。

音もたいそう比類なく出る琴どもを、たいそう懐かしく弾き鳴らしているのも、御心がとまって、

「これは、女性の懐かしい様子でくつろいで弾いたのが趣がある」と大まかにおっしゃるのを、入道はたまらなく嬉しくほほ笑んで、

「お弾きになるより懐かしい様子なのは、どこの者でしょう。私めが延喜の御手から弾き伝えたことは四代になっておりますが、このように拙い身で、この世のことは捨て忘れておりましたが、ものが切実に心塞ぐ折々は、掻き鳴らしておりましたのを、不思議に、真似ぶ者がおりますのが、自然にあの先の大王の御手に通っております。山伏の僻んだ耳に、松風を聞き渡しているのでしょうか。どうにかして、これも忍んでお聞かせしたいものです」と申し上げるままに、震えて、涙を落としそうである。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。