第13帖 明石 / 第7場面
入道の打ち明け話
あらすじ・人物・読み方
更けた夜、入道は住吉の神に十八年祈り続けた娘への悲願を打ち明ける。源氏は浅からぬ前世の契りを思い、入道は一人寝の歌を贈って思いを推し量らせる。
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現代語で読む
君は、「琴を琴ともお聞きになるまいと思っていたあたりで、妬ましい業だな」とおっしゃって、押しやりなさると、
「不思議なことに、昔から箏は女性が弾き取るものでした。嵯峨の御伝来で、女五の宮があれほど世の中の上手でいらっしゃったのを、その御血筋で、取り立てて伝える人がいません。すべて、ただ今の世に名を取る人々は、掻き撫での慰めばかりでしかないのに、ここにこのように弾きこめていらっしゃるのは、たいそう興のあることですこと。どうして、お聞きにならないことがありましょう」とおっしゃる。
「お聞きになるのに、何の憚りがありましょう。御前に召しても。商人の中にでさえ、古琴を聞き囃す人はおりました。琵琶は、まことの音を弾き沈める人が昔も難うございましたが、めったに滞ることなく懐かしい手つきなどは、血筋が格別なのです。どうして辿ることができましょうか。荒い波の声に交じるのは、悲しくも思われながら、掻き積もる物嘆かしさが紛れる折々もございます」などと好んで話しているので、面白いとお思いになって、箏の琴を取り替えてお与えになった。
げに、たいそう優れてそっと弾いた。今の世に聞かれない血筋を弾きつけて、手つきはたいそうひどく中国の風で、弦の音は深く澄んでいる。「伊勢の海」ではないが、「清き渚に貝や拾わむ」などと、声のよい人に歌わせて、御自分も時々拍子を取って声を添えなさるのを、琴を弾きながら褒め申し上げる。御果物などを珍しい様子で差し上げ、人々に酒を強いたりなどして、自然と物を忘れてしまうような夜の様子である。
ひどく更けていくままに、浜風は涼しく、月も入る方になるままに澄みまさって静かな頃に、御物語を残りなく申し上げて、この浦に住み始めた頃の心遣いや来世を勤める様子を繰り出して申し上げ、この娘のありさまを問わず語りに申し上げる。面白いけれど、さすがに哀れとお聞きになる節もある。
「たいそう申し上げにくいことですが、わが君が、このように思いがけない世界に、仮にでもお移りになったのは、もしや、長年老法師が祈り申しております神仏が憐れんでくださって、しばらくの間、御心をも悩まし申し上げるためかと存じます。
そのわけは、住吉の神を頼み始め申し上げて、この十八年になっております。娘が幼くございました頃より思う心がございて、年ごとの春と秋ごとに、必ずあの御社に参ることでございます。昼夜の六時の勤めに、自身の蓮の上への願いはともかく、ただこの人を高い本意が叶いますようと、念じております。
前世の約束が拙かったからこそ、このように口惜しい山賤となっておりましょうが、親は大臣の位を保っていらっしゃいました。自身はこのように田舎の民となっております。次々と、そのように劣っていくならば、何の身になるだろうと悲しく思いますが、この娘は、生まれた時より頼むところがございます。どうにかして都の貴い人に差し上げようと思う心が深いので、それぞれに応じて多くの人の嫉みを負い、身のため辛い目を見る折々も多くありますが、まったく苦しみと思っておりません。命の限りは狭い衣にも育んできたでしょう。このまま見捨ててしまえば、波の中にも交じって消えてしまえ、と言い定めております」など、すべて述べ尽くせないことどもを、泣き泣き申し上げる。
君も、ものをさまざまお思い続けになる折柄なので、涙ぐみながらお聞きになる。
「理不尽な罪に当たって、思いがけない世界に漂うのも、何の罪かと気がかりに思っていたが、今宵の御物語に聞き合わせると、げに浅くない前世の約束であろうと、しみじみ思います。どうして、このように確かに思い知っていらっしゃることを、今までは告げなさらなかったのでしょう。都を離れた時から、世の無常もつまらなく、修行より他のことなく月日を送るうちに、心もすっかり崩れ折れてしまいました。そのような方がいらっしゃるとは、ほのかに聞きながら、いたずらに人を忌まわしいものとお思い捨てになるだろうと思い屈していたが、それなら導いてくださるべきなのでしょう。心細い一人寝の慰めにも」などとおっしゃるのを、限りなくうれしいと思った。一人寝は、あなたもご存じでしょうか。徒然と物思いに夜を明かす浦の寂しさを。まして長年思い続けていらっしゃる心塞ぎを、推し量ってください」と申し上げる様子は、震えているけれど、さすがに由緒がなくはない。
「けれども、浦に馴れていらっしゃる方は」と言って、旅衣に、浦での悲しさに夜も明かしかねて、草の枕では夢も結びません。と、心乱れていらっしゃる御様子は、たいそう愛敬があって、言いようのない御気配である。数知れないことどもを申し上げ尽くしたが、うるさいことだ。間違ったことどもに書きなしたので、ますます、愚かで無骨な入道の気立ても現れてしまうようである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。