第13帖 明石 / 第8場面
文の贈答
あらすじ・人物・読み方
源氏の文に、姫君は父に入道に代筆させ、やがて自ら「いぶせくも」の歌を返す。歌の応酬が続くが、姫君の気位は高く、なお逢瀬には至らない。
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現代語で読む
思うことが、どうにか叶った心地がして、涼しく思いながらいると、翌日の昼頃、岡辺に御文を差し上げる。心恥ずかしい様子であるのも、かえって、このような物の隅にこそ思いの外のことも籠もっているようだとお心遣いなさって、高麗の胡桃色の紙に格別に体裁を整えて、あちこちも知らない雲居に眺め侘びて、掠めた宿の梢を訪ねます。『思ふには』」とばかりであったのだろうか。
入道も、人知れずお待ち申し上げているといって、あの家に来ていたのも知れるので、御使いと眩いほどに酔わせる。
お返事は、たいそう遅かった。中に入ってそそのかしても、娘はまったく聞かない。恥ずかしそうな御文の様子に、差し出そうとする手つきも恥ずかしく遠慮がちである。相手の御身の程と我が身の程を思うにこの上なくて、気分が悪いと言って寄り臥してしまった。
言いかねて、入道が書く。「たいそう畏れ多いことは、田舎じみております袂に包み余してしまうのでしょうか。まったく拝見することも及びもしない畏れ多さです。とはいえ、眺めるでしょう、同じ雲居を眺めるのは、思いも同じ思いであるでしょう。と見ていらっしゃるそうです。たいそう風情がありますこと」と申し上げてあった。陸奥紙に、ひどく古めいているけれど、書き様は由緒がある。「げに、風情があるな」と、目覚ましくご覧になる。御使いに、並々でない玉裳などを褒美に与えた。翌日、「仰せの書は、見覚えがございません」と言って、心塞ぐことに、心にものを悩むことです。やよ、どうしてと問う人もいないので。『言ひがたみ』」と、このたびは、たいそうひどく柔らかな薄様の紙に、たいそう美しくお書きになった。若い人が愛でないのも、たいそうあまりに埋もれていたいほどだろう。立派だとは見るけれど、比べようのない身の程がひどく甲斐ないので、かえって、世にあるものと尋ね知りなさるにつけて涙ぐまれて、まったくいつのも動じなさそうなのを、せめて言われて、浅からず染めた紫の紙に、墨のつきを濃く薄く紛らわして、思っていらっしゃるでしょう心の程を、ああどのように、まだ見ない人のことを聞いて悩むのでしょうか。
手の様子や、書いた様子など、高貴な人にひどく劣らないほどに、上品である。
都のことを覚えていて面白いとご覧になるが、しきりに遣わすのも人目が憚られるので、二、三日隔てながら、退屈な夕暮れ、あるいは物哀れな曙などに紛らわして、折々、同じ心に見知ることができるほど推し量って書き交わしなさるのは、似つかわしくなくはない。
心深く思い上がった様子も、見ないではいられまいとお思いになるものの、良清が領承して言った様子も目覚ましく、長年心がけているだろうことを目の前に思い違えるのも気の毒に思し巡らされて、「人が進み参るなら、そのような方でも紛らわそう」とお思いになるけれど、女性はまた、かえって高貴な身分の人よりもひどく思い上がって、妬ましそうに振る舞い申し上げたので、心比べのままで過ぎた。
都のことを、このように関に隔てられては、ますます気がかりに思い申し上げなさって、「どうしたものか。たわむれにくくもあるな。忍んで、迎え申し上げようか」とお心が弱る折々もあるけれど、「そうは言っても、このままで年を重ねようと、今さら人聞きの悪いことを」と、お思い静めになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第13冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。