第14帖 澪標 / 第16場面
雪の日の贈答と斎宮の入内
あらすじ・人物・読み方
御息所の死後、源氏は斎宮を慰め、養女に迎えて入内させる相談を朱雀院との間に進める。雪の日の歌の贈答を経て、兵部卿宮の姫君のことも含め、新しい宮中の布石が打たれていく。
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現代語で読む
〔源氏は〕ご自身でも〔六条へ〕お渡りになった。宮〔斎宮〕にお便りを申し上げなさる。
「何ごとも覚えておりませんで」
と、女別当を介して、〔斎宮は〕申し上げなさっていた。
「申し上げさせ、おっしゃり置きになったこともございましたのに、今は隔てのない様子にお思われなさるなら、嬉しいことです」
と申し上げなさって、人々を召し出して、あるべき諸事をお命じになる。たいそう頼もしい様子で、長年のお心遣いを取り返しなさりそうに見える。たいそう厳めしく、邸の人々を数もなくお仕えさせなさっていた。しみじみと眺めながら、ご精進で、御簾を下ろし籠もって〔喪の作法を〕行わせなさる。
宮へは、常にお見舞い申し上げなさる。次第にお心が静まりなさると、〔斎宮は〕ご自身でお返事などを申し上げなさる。遠慮深くお思いになっていたけれど、御乳母などが「恐れ多いことです」とそそのかし申し上げるのであった。
雪や霙が掻き乱れて荒れる日に、「どのように宮は様子をかすかに眺めていらっしゃるだろう」と思いやり申し上げなさって、お使いを差し向けなさった。
「ただ今の空を、どのように御覧になっているでしょう。
雪が降り乱れて絶え間のない空に、亡き人が天を翔っているだろう宿が悲しく思われます。
空色の紙の、曇ったような色のものにお書きになっていた。若い人のお目に留まるほどにと心を込めて整えなさっているのは、たいそう目もあやなほどである。
宮は、たいそう申し上げにくくなさるけれど、あれこれの人々が、
「人づてでは、たいそう不都合なことです」
と責め申し上げると、鈍色の紙の、たいそう香ばしく艶のあるものに、墨付きなどを紛らわせて、
消えそうになりながら生き永らえているのが悲しく思われます。曇りきった空のように、わが身がどうなのかも分からない世の中で。
慎ましげな書きぶりは、たいそうおっとりとして、お筆が優れてはいないけれど、愛らしく上品な筋に見える。
〔伊勢へ〕下りなさった頃から、なおそうではない〔恋愛関係ではない〕とお思いになっていたのを、「今は心にかけて、ともかくも申し寄るべきだよ」とお思いになるにつけては、例によって、思い返し、
「お気の毒なことよ。故御息所が、たいそう気がかりげに心を置いていらっしゃったのに。もっともなことだが、世の中の人も、そのように思い寄りそうなことであるのを、引き違えて、心清くお世話し申し上げよう。主上が今少し物事をお分かりになる年齢におなりになったら、内裏住まいをさせ申し上げて、物足りない時の、傅きの種にこそしよう」とお思いになる。
たいそう誠実に丁寧に申し上げなさって、しかるべき折々にはお渡りなどなさる。
「恐れ多くとも、昔の〔御息所の〕名残と思い準えて、気遠くないようにおもてなしくださるなら、本意な心地がするでしょう」
などと申し上げなさるけれど、〔斎宮は〕この上なく恥ずかしがりなさる奥まった人柄で、ほのかにもお声などを聞かせ申し上げることは、たいそう世にない珍しいこととお思いになっていたので、人々も申し上げかねて、このようなお心の様子を愁え申し上げ合っていた。
「女別当や内侍などという人々、あるいは、離れ申し上げない若い人々などで、心ばせのある人々が多いでしょう。この方が、人知れず思う方面の交わりをさせ申し上げるのに、人に劣りなさることはないはずに見えます。どうかはっきりと、御容貌を見たいものです」
とお思いになるのも、打ち解けるべき御親心ではないのではあったのだろうか。
ご自身のお心も定めがたいので、このように思うということも、人にも漏らしなさらない。〔葬儀など〕の御事も取り分けてさせなさるので、ありがたいお心を、宮の人々も喜び合っていた。
はかなく過ぎる月日に添えて、ますます寂しく、心細いことばかりが増すところに、お仕えする人々も次第に散り去るなどして、〔邸が〕下の方の京極辺りであるので、人けも遠く、山寺の入相の鐘の声々に添えても、声を上げて泣きがちに、〔斎宮は〕過ごしなさる。同じ御親と申し上げる仲でも、片時も立ち離れ申し上げなさらず慣らさせなさって、斎宮に親が添って〔伊勢へ〕下りなさることは例のないことであるのを、無理に誘い申し上げなさったお心によって、限りある〔死出の〕道では、比べようもなく〔母を〕失ってしまったことを、〔斎宮は〕夜の干る間もなくお思い嘆いていた。
お仕えする人々は、貴い者も賤しい者も大勢いる。けれども、大臣〔源氏〕が、
「御乳母たちでさえ、心に任せたことを、引き出して仕え申し上げるな」
などと、親のように申し上げなさるので、「たいそう恥ずかしいご様子なのに、不都合なことをお聞きつけになられまい」と言い思いながら、ちょっとしたことの情けも、まったく作らない。
院〔朱雀院〕も、あの〔伊勢へ〕下りなさった時の大極殿の厳かだった儀式に、不吉なほど〔美しく〕見えなさった御容貌を、忘れがたくお思い置きになっていたので、
「参上なさって、斎院など、御姉妹の宮々がいらっしゃる類として、お仕えなさい」
と、御息所にも申し上げなさっていた。しかし、「高貴な人々がお仕えなさるところに、数々の御後見もなくてどうしようか」とお思い慎み、「主上は、たいそう熱心でいらっしゃるのも恐ろしく、また物思いをお加えになるだろうか」と、憚って見過ごしなさっていたのを、今は、まして誰がお仕え申し上げるだろうかと、人々が思っていたところを、丁寧に院はお思いおっしゃっていたのであった。
大臣はお聞きになって、「院から御意向があるだろうのを、引き違えて、横取りなさるようなことは、恐れ多いこと」とお思いになるところに、〔斎宮の〕御様子がたいそう愛らしいので、見放そうとするのはまた残念で、入道の宮〔藤壺〕に申し上げなさるのであった。
「これこれのことを、思い煩っておりますにつけ、母の御息所は、たいそう重々しく心深い様子でいらっしゃったのを、つまらない好色心に任せて、あってはならない名を流し、憂い者と思い置かれてしまいましたことを、世に〔この上なく〕お気の毒に思っております。この世で、その恨みの心が解けずに過ぎてしまいましたのを、今際の際に、この斎宮の御ことを、おっしゃられましたので、そのように聞き置き、心にも残すはずはないと、さすがにお見置きになっていただろう、と思っておりますにつけても、堪えがたく。一般の世間につけてさえ、心苦しいことは見聞きして見過ごせない性分でございますのに、どうか、亡き後の蔭でも、あの恨みを忘れるほどに、と思っておりますのを、内裏にも、そのように大人びさせなさいますが、たいそう幼い御年齢でいらっしゃるのを、少し物心を知る人がお仕えしてもよいかと思っておりますのを、御判断に〔お任せします〕」
などと〔源氏が〕申し上げなさると、
「たいそうよくお思い寄りになりました。院も、お思いになることは、本当に恐れ多く、お気の毒でしょうけれど、あの御遺言を口実にして、知らない顔で〔内裏へ〕参らせ申し上げなさいませよ。今はまた、そのようなことを、特に思いとどまりなさらず、ご修行がちにおなりになって、このように申し上げなさるのを、深くお咎めにはならないだろうと思っております」
「それならば、御意向があって、〔斎宮を帝の〕数に入れさせなさるなら、促すほどの言葉を、添えることにいたしましょう。あれこれに、思い残すことがないほどに、これほどまでの心構えまでも、真似ておりますにつけ、世の人はどう思うかと、憚っております」
などと申し上げて、後には、「本当に、知らないようにして、ここ〔二条院〕にお渡し申し上げよう」とお思いになる。
女君〔紫の上〕にも、そのように思い語らい申し上げて、
「〔斎宮が〕過ぎて行きなさるのに、たいそうよいほどよい間柄でしょう」
と、お聞かせ知らせなさると、〔紫の上は〕嬉しいことにお思いになって、お渡りのことを急ぎなさる。
入道の宮は、兵部卿宮が姫君をいつしかと傅き騒ぎなさっているらしいのを、「大臣〔源氏〕と隙のある仲で、どのようにおもてなしなさるだろう」と、心苦しくお思いになる。
権中納言の御娘は、弘徽殿の女御と申し上げる。大殿の御子で、たいそう装い立てて傅かれなさっている。主上もよいお遊び相手にお思いになっている。
「宮の中の君〔斎宮〕も同じほどでいらっしゃれば、困ったことに雛遊びの心地がするでしょうに、大人びた御後見は、たいそう嬉しいはずのことです」
とお思いおっしゃって、そのような御意向を申し上げなさりながら、大臣が万事にお思い至らないことがなく、公向きの御後見は言うまでもなく、明け暮れにつけて、細やかなお心遣いが、たいそうしみじみと見えなさるのを、頼もしいものと思い申し上げなさって、〔主上は〕たいそう熱心でばかりいらっしゃるので、参上などなさっても、心安くお仕えなさることも難しいのを、少し大人びて、添ってお仕えする御後見は、必ずあるべきことであったのだ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第14冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。