ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第14帖 澪標 / 第7場面

三条の宮の藤壺

あらすじ・人物・読み方

源氏は三条の宮の藤壺のもとを訪れる。亡き院の葬送の煙を思い出して交わす歌に、藤壺の応えはなお冷たく、源氏の思いは募るばかりである。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

女君〔紫の上〕には、言葉に出してはっきり申し上げることはめったにないが、〔藤壺が折々の話を〕聞き合わせてお察しになることもあろうと思って、

「〔お察しのとおり〕そうなのでしょう。何ともひねくれた〔数奇な〕ことですこと。そう〔立派に〕お育ちになるだろうと思われるあたり〔明石〕では、心もとなくて、思いのほかに残念なことです。女の子であると聞けば、なおさらたいそう気がかりに思われます。尋ね知らずに済ませてもよいことではありますが、そうは思い捨てることができないことでした。〔人を〕呼びにやって〔姫君を迎え〕、お目にかけましょう。お憎みにならないでくださいね」

と申し上げると、〔藤壺は〕顔を赤らめて、

「妙なことに、いつもこのような〔色恋の〕筋ばかりお話しになるお心のほどは、私ながら疎ましく思われます。人を憎むことは、いつ身につけることになるのでしょう」

とお怨みになると、〔源氏は〕たいそうよくお笑いになって、

「そのとおりです。誰が教えた〔もの憎み〕でしょうか。思いもかけず〔お心が〕お見えになるではありませんか。人の心にもない思いやりごとをして、もの怨みなどなさるとは。思えば悲しいことです」

と言って、しまいには涙ぐみなさる。長年飽くことなく恋しいとお思い申し上げてきた〔源氏の〕お心の数々や、折々の御文のやりとりなどをお思い出しになると、「何事も、単なる戯れにすぎないのだ」と〔藤壺は自らの思いを〕思い消しなさる。

「この人を、これほどまで思いやって問いかけるのは、やはり〔私への〕思うところがおありなのだ。早いうちに〔真意を〕聞けば、また誤解なさるだろうから」

と言いさして、

「〔明石の君の〕人柄が趣深かったのも、土地柄のせいでしょうか、珍しく思われましたよ」

などとお語り申し上げなさる。

しみじみと哀れだった夕べの煙や、〔明石の君と〕言い交わしたことなどを、完全には言い尽くせないながらも、その夜の〔明石の君の〕姿をほのかに見たことや、琴の音の優美だったことも、すべてお心に留まっている様子にお話し出しになるにつけても、

「私はまたとなく悲しいと思い嘆いていたのに、戯れにでも、〔明石の君に〕お心を分けていらしたのですね」

と、ただ事ではなく思い続けなさって、「私は、私」と、顔を背けて眺めて、「哀れだった〔在りし日の〕世のありさま」などと、独り言のように嘆いて、

愛し合う者同士が同じ方へなびくのとは違っても、私こそ先に煙となって消えてしまいたい。

「何とおっしゃいましたか。心憂いことです。

いったい誰のために、憂き世を海や山にさすらって、絶えぬ涙に浮き沈んできた身なのでしょう。

いえいえ、どうして〔あなたに〕お目にかかることができましょう。命というものは、ままならないものらしいのです。はかないことで人に心を置かれるまいと思うのも、ただ一つの理由からなのです」

と言って、〔源氏は〕箏の琴を引き寄せて掻き鳴らし戯れなさり、〔藤壺に弾くよう〕お勧め申し上げるけれど、あの〔明石の君の琴が〕優れていたことも妬ましいのか、手もお触れにならない。たいそうおおらかに美しく、たおやかでいらっしゃるものの、さすがに執念深いところがあって、もの怨みしていらっしゃるのが、かえって愛らしく腹を立てていらっしゃるのを、〔源氏は〕趣深く見どころがあるとお思いになる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第14冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。