第14帖 澪標 / 第8場面
入道の文と五十日の祝い
あらすじ・人物・読み方
姫君の五十日を迎え、源氏は明石へ使いを遣わす。入道と明石の君の文と歌が届き、源氏は二日かけてその文を読み、心を慰める。
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現代語で読む
「五月五日に、五十日に当たるだろう」と、人知れず数えなさって、〔姫君のことが〕気がかりでしみじみと思いを寄せなさる。「何事も、どれほど甲斐のある様子に取り計らえば、うれしいことだろう。残念なことだ。あのような所に、気の毒な様子で生まれてきたことよ」とお思いになる。「男君であったなら、これほどお心にかけなさることもなかっただろうに、恐れ多くもお気の毒で、私の運命も、この方〔姫君〕のことにつけて片端〔不完全〕であったのだ」と思われなさる。
〔源氏は〕お使いを出発させなさる。
「必ずその日に遅れず到着せよ」
とおっしゃるので、〔使いは〕五日に〔明石へ〕行き着いた。思いを寄せなさるご様子も、有り難くめでたい有様で、まめまめしいお見舞い〔の文〕もあった。
海松はいつも変わらぬ蔭にいるので、今日が五日の節句であることも分かるまい。
心が〔明石へ〕あくがれるほどです。やはり、このままでは過ごせそうにないので、〔都へ上ることを〕思い立ってください。とはいえ、心配なことは、決して〔ありますまい〕」
と〔源氏は〕お書きになっていた。
入道は、いつものように、喜び泣きして座っていた。このような折には、生き甲斐も作り出されたというもので、もっともなことと見える。
こちら〔明石〕でも、万事、所狭しと〔五十日の祝いの〕用意をしていたけれど、この御使いがなかったら、闇夜に暮らしてしまうところだった。乳母も、この女君〔明石の君〕がしみじみと思う様子を、話し相手として、世の慰めにしていた。めったに劣らない人も、縁に触れて迎え取って暮らさせるけれど、ひどく衰えた宮仕え人などが、岩の中を尋ねて落ち着いているなどということはあっても、これは〔明石の君は〕、格別に心が騒ぎ、高ぶっていた。
〔使いは〕聞きどころのある世の物語などをして、大臣の君〔源氏〕のご様子や、世に大切にされていらっしゃるご評判のほども、女心に任せて限りなく語り尽くすと、なるほど、このようにお思い出しになるほどの名残を留めた身〔明石の君〕も、たいそう誇らしく次第に思うようになっていた。〔入道とともに〕御文も一緒に見て、心のうちに、
「ああ、このように思いのほかに、めでたい宿世というものはあるものだ。憂きものは、私の身こそであった」
と思い続けられるけれど、「乳母のことはどうですか」などと細やかにお尋ねになっているのも、恐れ多く、何事も慰めになった。
お返事には、
取るに足らぬ身で島隠れに鳴く鶴を、今日はどうしていると尋ねてくれる人もありません。
万事に思い悩んで胸の塞がる有様を、このようにたまさかのお慰めにすがっております命のほども、はかないことです。本当に、安心してお思い置きになる手立てがあればよいのですが」
と真心を込めて申し上げていた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第14冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。