ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第17帖 絵合 / 第10場面

絵合の後と嵯峨の御堂

あらすじ・人物・読み方

「須磨」の巻は中宮のもとに留め置かれることになる。栄華の盛りの御代にあって、源氏は無常を思って出家を志し、山里に御堂を造らせ始める。

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現代語で読む

そのころのことには、この絵の判定をなさる。

「あの浦々の巻は、中宮にお控えさせなさい」

と申し上げさせなさったので、これを始めとして、残りの巻々を見たくお思いなさるけれど、

「今、次々に」

と申し上げさせなさる。主上もお心を惹かれてお思いになっているのを、嬉しく拝見なさる。

はかないことにつけても、このようにおもてなし申し上げなさるので、権中納言は、「やはり、おぼえに圧倒されるのだろうか」と、心苦しくお思いになるようである。主上のご好意は、もとからお思い染みているので、やはり、細やかにお思いになっている様子を、人知れず拝見して知りなさって、頼もしく、「そうはいっても」とお思いになった。

然るべき節会どもにも、「この御代からと、末の人が言い伝えるべき例を添えよう」とお思いになって、私事のこのようなはかないお遊びも、珍しい筋になさせなさって、たいそう盛りの御代である。

大臣は、やはり無常なものに世をお思いになって、今すこし大人におなりだと拝見して、やはり世を背こうと深くお思いになるようである。

「昔の例を見聞きするにも、齢が足りずに、官位が高く昇り、世に抜きん出た人が、長く保つことができない業であった。この御代には、身のほどが身に余っている。中頃に亡くなって沈んでいた憂いに代わって、今までも生き永らえているのだ。今より後の栄えは、やはり命が後ろめたい。静かに籠もっていて、後世のことを勤め、そのうえ齢をも延ばそう」とお思いになって、山里ののどかな所を占めて、御堂をお造らせになり、仏経の営みを添えてなさせなさるようであるが、末の君たちを、思いのままに大切に育て上げて見ようとお思いになるので、早くお捨てになることは難しい。どうお思い置きになったのかと、たいそう知りがたい。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第17冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。