第17帖 絵合 / 第9場面
夜の語らいと管弦
あらすじ・人物・読み方
夜明け近く、源氏は帥宮と言葉を交わし、亡き院の諌めと絵の才を語り合って涙する。月下に御琴が召し出され、朝ぼらけまで管弦が続く。
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現代語で読む
夜明け方が近くなる頃に、何ともあわれにお思いになって、お土器などが参るついでに、昔のお話どもが出て来て、
「幼い頃から、学問に心を入れておりましたが、少しも才能などがつくはずもなかったでしょうに、院がおっしゃったように、『才学というものは、世にたいそう重んじられるものだからであろうか、ひどく進んだ人の、命と幸いとが並ぶのは、たいそう難しいものだ。品高く生まれ、そうでなくても人に劣らないほどの身で、無理にこの道を深く習うな』と、お諌めになって、本来の才能の方々のものをお教えになったのに、拙いこともなく、また取り立ててこれという心得もございませんでした。絵を描くことだけは、不思議とはかないものながら、どうにかして心ゆくばかりに描いて見たいと、思う折々がございましたが、思いもよらぬ山賤になって、四方の海の深い心を見たところ、まったく思い寄らない隅々まで至ることができましたが、筆の行く限りがあって、心ほどには事が運ばないと思われましたのを、機会がなくて、ご覧に入れるべきでもないので、このように物好きな様子であるという、後の評判があるでしょう」
と、親王〔帥宮〕に申し上げなさると、
「どの才能も、心から離れて習うべき業ではないけれど、道々に物の師があり、学ぶ所があるならば、事の深さ浅さは知らなくても、自然と移っていくのに跡があるでしょう。筆を取る道と碁を打つこととは、不思議に魂のほどが見えるもので、深い労なく見える愚か者も、それ相応であって、書き打つ類も出て来るけれど、家の子の中には、やはり人に抜きん出た人が、何事をも好み得たと見えました。院の御前で、親王たちや内親王は、どなたが、さまざまそれぞれの才能をお習わせにならなかったでしょうか。その中でも、取り立ててお心に入れて、伝え受け取らせなさった甲斐があって、『文才はもちろんで言わず、そうでないことの中では、琴をお弾きになることが一の才能で、次には横笛、琵琶、箏の琴を、次々に習いなさった』と、主上もお思いおっしゃったものでした。世の人は、そのように思い申し上げていましたが、絵はやはり筆のついでに戯れなさる他愛もないこととこそ思っておりましたが、たいそうこのように、並々でないほどに、昔の墨描きの名手どもの跡を暗くしてしまいそうなのは、かえって、とんでもない業です」
と、打ち乱れて申し上げなさって、酔い泣きであろうか、院のことを申し出して、皆しおれてしまわれた。
二十日過ぎの月が出て、こちらは、まだ明瞭ではないけれど、大方の空が趣のあるほどであるところ、お蔵の御琴をお召し出して、和琴を、権中納言がお受け取りになる。そうはいっても、人にまさって掻き立てていらっしゃる。親王は箏の御琴、大臣は琴、琵琶は少将の命婦がお仕え申し上げる。上人の中で優れた者をお召しになって、拍子をお与えになる。たいそう面白い。
明け果てるにつれて、花の色も人のご容貌どもが、ほのかに見えて、鳥の囀るころ、心地よく、めでたい朝ぼらけである。禄どもは、中宮のお方からお与えになる。親王は、お着物をまた重ねてお受け取りになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第17冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。