第18帖 松風 / 第1場面
東の院と明石の君
あらすじ・人物・読み方
源氏は二条東院を造り上げ、花散里を西の対に移し、東の対を明石の君のために空けておく。都へ上るよう再三誘うが、君はわが身のほどを思ってためらい、両親もその思いをもっともだと嘆く。
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現代語で読む
〔源氏は〕東の院を造り上げて、花散里と申し上げる方を、お移しになる。西の対には渡殿などを設け、政所や家司の詰所など、あるべき形に整えさせなさる。東の対は、明石の御方のためにとお考えになってあった。北の対は、特に広くお造らせになって、仮にでも、いとしいと思って、将来にわたり面倒を見ると約束し頼みにしてきた人々が集まって住めるように、部屋ごとに仕切って作らせなさっているのも、親しみがあって見所があり、細やかである。寝殿は〔人を住まわせて〕塞ぎなさらず、時々お渡りになる御住まいとして、それにふさわしい調度類を置かせてあった。
明石へは御手紙が絶えず届き、今はもう上京なさるべきことをおっしゃるけれど、女〔明石の君〕は、やはり、わが身のほどを思い知るにつけて、
「この上なく高貴な身分の人々でさえ、なかなかそのように〔源氏の御そばに〕離れずにいられないご様子の冷たさを見ながら、物思いが増すだろうと聞くのに、まして、私がどれほどのご寵愛だといって、表に出て交わったりしようか。この若君がお恥をかくことになって、物の数でもないわが身のほどが現れてしまうだろう。たまたま〔源氏が〕お渡りになる機会を待つことにして、人笑いになるような、みっともないことが、どれほどあるだろうか」
と思い乱れても、またそうかといって、このような片田舎に生まれ出て、〔若君が〕物の数にも入れてもらえないのも、たいそう哀れなので、一方的に恨んで背くこともできない。両親も、「本当に、もっともなことだ」と思い嘆くにつけ、なかなか、心も尽き果てることがない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第18冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。