第17帖 絵合 / 第5場面
物語絵の論争
あらすじ・人物・読み方
弥生の頃、集められた物語絵を前に、梅壺方と弘徽殿方の女房が左右に分かれて論争を始める。まず『竹取の翁』と『宇津保の俊蔭』が合わされ、次に『伊勢物語』と『正三位』が取り上げられる。
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このように絵どもが集められるとお聞きになって、権中納言は、たいそう心を尽くして、軸、表紙、紐の飾りを、ますますお整えなさる。
弥生の十日の頃なので、空もうららかで、人の心ものびやかで、何かと面白い折であるところ、内裏あたりも、節会どもが暇なので、ただこのようなことどもで、お方々が日々をお過ごしになるのを、どうせなら、ご覧になる興もまさるようにお目にかけようのお心がついて、たいそうわざわざと集めて参らせなさった。
こちらあちらと、さまざまに多い。物語絵は、細やかで懐かしさがまさるようであるところ、梅壺のお方は、昔の物語で、名高く由緒のある限り、弘徽殿は、その頃世に珍しく、趣のある限りを選んでお描かせなさるので、ぱっと見る目の今風な華やかさは、たいそう格別にまさっていた。
主上の女房なども、風流な限りの者が、「これは、あれは」などと品定めし合うのを、この頃のことにしているらしい。
中宮〔藤壺〕も参らせなさっている頃で、お方々が、ご覧になって捨てがたくお思いになることなので、お勤めも怠りながらご覧になる。この人びとのそれぞれに論じるのをお聞きになって、左右と方をお分けにならせる。
梅壺のお方には、平典侍、侍従の内侍、少将の命婦。右〔弘徽殿方〕には、大弐の典侍、中将の命婦、兵衛の命婦を、今は奥ゆかしい有職の女房どもとして、思い思いに争う口ぶりどもを、趣があるとお聞きになって、まず、物語の出て来はじめの祖である『竹取の翁』に『宇津保の俊蔭』を合わせて争う。
「なよ竹が代々に古くなっていることは、趣のある節もないけれど、かぐや姫がこの世の濁りにも穢れず、はるかに思い登っていく契りの高く、神代のことであるようなので、浅はかな女は、目も及ばないでしょう」
と言う。右は、
「かぐや姫が登ったという雲居は、なるほど、及ばないことなので、誰も知りがたい。この世の契りは竹の中に結んだので、下ってきた人のこととこそ見えるでしょう。一つの家の内は照らしたでしょうが、宮中の畏いご威光には並ばずに終わりました。阿部のおほしが沢山の黄金を捨てて、火鼠の皮衣の思いが片時に消えたのも、たいそうあっけない。車持の親王が、本物の蓬莱の深い心も知りながら、偽って玉の枝に疵をつけたのを過ち」とする。
絵は、巨勢相覧が、手〔詞書〕は、紀貫之が書いている。紙屋紙に唐の綺をあしらって、赤紫の表紙、紫檀の軸、世の常の装いである。
「俊蔭は、激しい波風に溺れ、知らない国に放たれたけれど、やはり、そうして行った方の志も叶って、ついに、人の朝廷にもわが国にも、得がたい才能のほどを広め、名を残した古い心を言うにつけ、絵の様子も、唐土と日の本とを取り並べて、面白いことどもは、やはり並ぶものがない」
と言う。白い色紙、青い表紙、黄色い玉の軸である。絵は、常則、手は、道風なので、今風で趣があって、目も輝くほどに見える。左は、その分は申し分がない。
次に、『伊勢物語』に『正三位』を合わせて、また決めかねる。これも、右は面白くにぎやかで、内裏あたりから始めて、近い世の様子を描いたものは、趣があって見所がまさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第17冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。